ラジオ

玉音放送(NHKラジオ、1945年8月15日(水)12:00-)

○「玉音放送」(NHKラジオ、1945年8月15日(水)12:00-)

 

※頂いた情報により玉音放送の書き起こし部分の不明箇所を改訂、および末尾に若干の加筆(2010年1月11日)

ポツダム宣言受諾を宣布する「終戦ノ詔書」が天皇裕仁により朗読され、アセテート盤に録音。これが、1945(昭和20)年8月15日(水)正午、ラジオを通じて放送され、大日本帝国臣民に日本の敗戦・無条件降伏が伝えられた。これがいわゆる「玉音放送」である。

和田信賢アナウンサー 全国ノ聴取者ノ皆様、御起立願ヒマス。

下村宏情報局総裁 天皇陛下ニ於カセラレマシテハ、全国民ニ対シ畏クモ御自ラ大詔ヲ宣ラセ賜ウ事ニナリマシタ。此ヨリ謹ミテ玉音ヲ御送リ申シマス。

(君が代演奏)

天皇裕仁 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存 ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精 朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ 遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ 乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

(君が代演奏)

下村総裁 謹ンデ天皇陛下ノ玉音放送ヲ終リマス。

和田アナウンサー 畏クモ天皇陛下ニ於カセラレマシテハ、万世ノ為ニ泰平ヲ開カント思シ召サレ、昨日政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シテ、ポツダム宣言ヲ受諾スル旨通告セシメラレマシタ。

畏クモ天皇陛下ニ於カセラレマシテハ、同時ニ詔書ヲ渙発アラセラレ、帝国ガ四カ国の共同宣言ヲ受諾スルノ止ム無シニ至ツタ所以ヲ御宣シアラセラレ、今日正午畏キ大御意ヨリ詔書ヲ御放送アラセラレマシタ。

コノ御堂ノ御事ハ拝察スルダニ畏キ極ミデアリ、一億等シク感泣致シマシタ。

我々臣民ハ只々詔書ノ御旨ヲ必謹誓ツテ国体ノ護持ト民族ノ名誉保持ノ為滅私ノ奉公ヲ誓ヒ奉ル次第デ御座ヒマス。

最後のアナウンスで一箇所聴き取れないところがありました([……]の部分)。また、聞き誤った箇所も散見されると思いますので、お気づきのかたはご教示ください。

め さんから頂いたコメントにより、該当箇所(上掲載書き起こし下線部)は「必謹誓ツテ」と判明致しました。「承詔必謹」 の 「必謹」とのことで、意味から判断しても間違いないと思います。貴重なご教示、誠にありがとうございます。

玉音放送録音・放送の経緯については、『朝日新聞』夕刊で 2008年12月1日(月)〜12月26日(金)にかけて連載された「ラジオの時代」第2部で数回取り上げられ、概説されている(この連載、本にならないのかなぁ)。

「ラジオの時代」 第2部 あのとき あの場で、『朝日新聞』夕刊(2008年12月1日(月)〜12月26日(金))総目次(当ブログ内)

ちなみに、録音に使用されたのは、DENON DP-17-K 可搬型録音再生機(日本電気音響株式会社:現DENON)

東京・西新宿の平和祈念展示資料館には、「終戦ノ詔書」のレプリカが展示されていた。入場無料。誰がどういう意図で行っている展示なのかに気をつけて観覧する必要があるものの、展示物そのものには見る価値があると思う。

平和祈念展示資料館

平和祈念展示資料館(東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル48階)(当ブログ内)

※加筆
NHK放送博物館には、玉音放送の原盤(玉音盤)のレプリカと、天皇裕仁自身が玉音放送を聴いたラジオ受信機(RCA の 真空管ラジオ Radiola の卓上モデル)が展示されている。

NHK放送博物館
※こっちも、入場無料

※当ブログ内の関連エントリー:

第1回大本営発表(真珠湾攻撃・太平洋戦争開戦)(NHKラジオ、1941年12月8日(月)6:00-)


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アマチュア無線の日(7月29日)

○アマチュア無線の日(7月29日)

 

7月29日はアマチュア無線の日。

太平洋戦争で禁止されていたアマチュア無線が1952年のこの日に復活。これを記念して、1973年に日本アマチュア無線連盟(JARL)が制定した記念日。

1952年(昭和27年)7月

7月29日 全国で局免許申請者30名に予備免許がおりる。これは戦後のアマチュア無線再開であり、のちに7月29日が「アマチュア無線の日」と制定される。

アマチュア無線年表 70年史・昭和中期(一般社団法人日本アマチュア無線連盟ウェブサイト)

平和と自由は無条件にすばらしい。


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本広克行[監督]『7月7日、晴れ』(1996年)

○本広克行[監督]『7月7日、晴れ』(1996年)

 


本広克行[監督]『7月7日、晴れ』(1996年)
ジャケット表に監督名の記載はない。
 

『踊る大捜査線』シリーズの本広克行映画初監督作品

ラジオを題材にした映画で、DVDにもBlu-rayにもなっていないものが結構ある。ラジオ酔狂も膏肓に入り、そういう作品のVHSテープをいくつも持っている。

『7月7日、晴れ』(1996年)もそんなVHSテープの1本。「踊る大捜査線」シリーズ(フジテレビ)の本広克行の映画初監督作品。

2006年にさぬき映画祭再上映されたという情報もあるけれど、今や中古のVHSでしか入手できない。


 

『昭和40年男』Vol.14 2012年 08月号(クレタパブリッシング)掲載の本広克行のインタヴューに、この映画への言及があった。封切り当時にこの映画を観た織田裕二が「スゴイよかった。日本人でもこんな映画が作れるんだね」と感想を語ったというので、「そんなにスゲェんだったら、観てやろうじゃないか」と思い立った次第。

話は、七夕伝説と『ローマの休日』Roman Holiday(1953年)を足して2で割ったようなトレンディー・ドラマ風ラヴ・ストーリー。主演は、萩原正人と観月ありさ。他には、田中律子、うじきつよしなどが出演。

時代だなぁ。

テーマ曲「7月7日、晴れ」(1996年)をはじめ、「うれしい!たのしい!大好き!」(1989年)、「go for it!」(1993年)、「WINTER SONG」(1994年)など、DREAMS COME TRUE の初期のヒット曲が全編にわたり大々的にフィーチャーされていて、サントラは初期ベスト盤の趣。

時代だなぁ。

クライマックスの部分でラジオが重要な役割を果たす映画でもある。

あらすじ

山部健太(萩原聖人)は、パシフィック自動車の車輛事業部に勤務するサラリーマン。仲間とのキャンプ中、釣りをしている最中に、ひとりの女性と出会う。その女性は、また東京で会おうと言い残し、健太の手に強引に自分の電話番号を書いて去ってゆく。


 

東京に帰った健太は、彼女が世界的に活躍している日本人シンガーの望月ひなた(観月ありさ)であることを知り、連絡を取る。何度か会ううちに引かれ合ってゆくふたり。

ひなたは健太に、自分の誕生日は7月7日なのに天の川を見たことがないと吐露する。健太は一計を案じ、ひなたを誘って再び仲間とキャンプに出かける。ひなたはそこで、初めて天の川を目にして感動する。


 

健太とひなたが東京で会っている時に、通行人に気づかれてしまい大騒ぎになる。健太が勤務する会社の宣伝部長・岸和田(伊武雅刀)は街で偶然その様子を目撃する。営業部から宣伝部に異動したばかりの岸和田は、望月ひなたを新車のCMキャラクターに起用する企画を立てたものの、ひなたサイドから断られていた。


 

ある日、健太は突然、宣伝部に引き抜かれる。その理由は、健太とひなたの関係を知る岸和田部長が、新車の発表会にひなたを誘い出すためだった。営業一筋の岸和田が畑違いの宣伝部長に抜擢された理由は、同期のライヴァルが岸和田の失脚を画策したからだという。何としても宣伝部で実績を挙げて鼻を明かしたいと、岸和田は健太に土下座して懇願する。健太は、岸和田の願いを聞き入れる。

健太はひなたを新車の発表会に誘い出す。発表会のクライマックスで、客席に突然スポットライトが当てられ、ひなたは宣伝に利用されてしまう。


 

この件がひなたサイドの逆鱗に触れる。しかしこれをきっかけに、大人の話し合いを経て、ひなたのCM起用が決まる——ただし、健太とひなたを別れさせるという条件で。ふたりは会えないまま、ひなたが日本を発つ日が近づく。

日本滞在の最後に、ひなたはラジオ番組に出演する。ひなたは、決められた原稿をただ淡々と読み上げてゆく。彼女はこれまでスタッフが決めたイメージ戦略に沿ってアーティスト望月ひなたを演じるだけの人生を送ってきたのだ。

夜景が都会の天の川のようだというくだりで、ひなたは原稿を読むのをやめる。健太と見た天の川を思い出し、台本を閉じ、「違うよ。本当の天の川はこんなんじゃない」と初めて自己主張する。

ひなたが、「お願い、灯を消して。天の川を見せて」とリスナー呼びかけるや、横浜の街の灯がみるみるうちに消えてゆく(驚くべき高聴取率ラジオ番組!)。ひなたは健太を思い、「会いたい」とつぶやく。

 
 

一方その頃、ラジオを聴いた健太はひなたのもとに走っていた。


 『7月7日、晴れ』ラスト・シーン
 

そして、天の川の下、健太とひなたは再会。抱き合うふたり。めでたしめでたし。

劇中のラジオ局

作品に関するトリビア。

クライマックスのラジオのシーンでは、局舎・スタジオが横浜ランドマークタワー内にある設定。したがって、舞台はFMヨコハマかと思ったけれど、架空の放送局のようだ。局舎内に貼られているポスターには「BAY GROOVE FM 89.3MHz」とある。


 

撮影に使われているラジオのスタジオがFMヨコハマのものかどうかは不明。あるシーンで、スタジを出たところに「4802」という部屋番号が映るが、FMヨコハマの局舎はランドマークタワーの10階。エンドロールの「ロケーション協力」にもFMヨコハマの名前はない。


 

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東京都議会議員選挙:ラジオの開票速報番組一覧(各局、2017年7月2日(日))

○東京都議会議員選挙:ラジオの開票速報番組一覧(各局、2017年7月2日(日))

※TOKYO FM の情報を修正。(2017年7月2日)

 

 


ラフィータフィー「目覚まし時計は歌う-選挙ソング」(2000年)
 

2017年7月2日(日)は東京都議会議員選挙の投票日。

選挙当日のラジオの開票速報特番の一覧をつくってみた。

今回は、珍しくTBSラジオのスタートが遅く、民放AM局をほぼハシゴすることが可能。


放送時間分布図(詳細はご確認を)
 

◇NHK第1:「東京都議会議員選挙開票速報」19:55-20:55、21:05-21:30、22:30-24:00、24:10-25:20

NHKネットラジオらじるらじるでもサイマル放送を実施、

 

◇TBSラジオ:報道特別番組「まとめて!都議選」23:00-24:00

【司会】
蓮見孝之(TBSアナウンサー) 
【解説】
崎山敏也(TBSラジオ記者)
武田一顕(TBSラジオ国会担当記者)

 

◇文化放送:「東京都議会議員選挙開票速報 首都決戦!127議席の行方」20:00-21:00

[出演]
進行キャスター:斉藤一美(文化放送アナウンサー)
開票キャスター:高橋民夫(文化放送都庁キャップ)
コメンテーター:角谷浩一(政治ジャーナリスト)

 

◇ニッポン放送:「ニッポン放送 東京都議会議員選挙開票速報~小池対自民勝つのはどっちだ?~」21:00-21:50、24:30-24:40

パーソナリティー:森田耕次解説委員
スタジオコメンテーター:須田慎一郎(ジャーナリスト)第1部
電話ゲスト:石元悠生(産経新聞論説委員)
取材担当
都民ファーストの会:畑中秀哉
自民党:後藤誠一郎
北区:宮崎裕子
千代田区:饗庭佑奈

 

◇InterFM:速報番組なし。

 

◇TOKYO FM:「TIME LINE 都議選スペシャル~そして、東京はこう変わる~」24:30-25:00

速水健朗
今井広海

 

◇J-WAVE:特別番組なし。

※参考「Headline News」(21:55-22:00)

 

◇ラジオNIKKEI:速報番組なし。


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トランジスタの日(6月30日)

○トランジスタの日(6月30日)

 


RCサクセション「トランジスタラジオ」(1981年)
 

アメリカのベル研究所(Bell Laboratories)のジョン・バーディーン(John Bardeen 1908-1991)とウォルター・ハウザー・ブラッテン(Walter Houser Brattain 1902-1987)は、トランジスター開発につながる現象を発見した。

ウィリアム・ブラッドフォード・ショックレー(William Bradford Shockley 1919-1989)と研究を進め、3人の連名で1948年6月30日にトランジスターの発明を発表。1956年にはノーベル物理学賞を受賞した。

トランジスター(transistor)の名付け親は、ノーベル物理学賞受賞者のジョン・R・ピアース(John R. Pierce 1910-2002)。

トランジスターの発明者は日本人?

ちなみに、トランジスターの発明者は日本人だという説もある。

その説とは、NHK技術研究所の内田秀男が、上記3名に先立ってトランジスターの原理をすでに発見していたというもの。

「鉱石ラジオの鉱石は検波しかないが、真空管は検波用もあれば増幅用もある。ならば鉱石でも増幅用ができないだろうか?」という学生時代の着想が元になっているという。思考の流れとしては筋が通っている。1943年にはトランジスター発明の確信を得て、戦後には開発に必要な条件を満たした鉱石の調達の目処も立っていたという。内田はこのトランジスターを「三極鉱石」と命名。

画期的なアイディアであったが、上司の無理解で発表の機会が得られず、GHQの検閲によりこの情報がアメリカに漏れたと言われている。ベル研究所の3名がトランジスターの発明を発表したのは、検閲の半年後だったという。

ただ、当時の日本では、トランジスター開発に必要な高純度のシリコンやゲルマニウムの結晶は入手できなかったとの理由で、日本人発明説を否定する声もある。

これらの話を聞いた素人の私の感触では、内田秀男はトランジスター原理を発見し、発明直前までアイディアを練っていたものの、実際に現物をつくるところまでは至らず、ベル研究所の3人に先を越されてしまったということなのかもしれない。

ちなみに、秋葉原のラジオセンターの2階に「内田ラジオアマチュアショールーム」という店がある。クラシックなラジオが所狭しと並べられた店内におばあさんが座っている。この方が内田秀男夫人の久子さん。内田秀男が開いた店とのこと。

ラジオセンターにそのような店が存在するというのも象徴的だ。この話を聴くまでは店の前を何の気なしに通っていたけれど、この話を知って以来、特別な店のような気がしている。

NSの歩きかた 第10回 アキバに見た ヴィンテージ・ラジオの宝庫(「NipponStyle JKヴィジュアルアーカイブ」内)

秋葉原ラジオセンター各店舗のご案内 内田ラジオアマチュアショールーム


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FM NACK5 GINZA STUDIO(東京都中央区銀座4-1先 西銀座デパート1F)

FM NACK5 銀座スタジオ(東京都中央区銀座4-1先 西銀座デパート1F)

 


 

NACK5銀座スタジオ

FM NACK5(埼玉県周辺 79.5MHz)には、現在ふたつの常設サテライト・スタジオがある。ひとつは、JR大宮駅前 ARCHE 5階の STUDIO ARCHE(HMV大宮ARCHE内)。「HITS! THE TOWN」(土15:00-17:55)などの公開放送に使われていて、観に行った人もいるかもしれない。

もうひとつは、GINZA STUDIO。


 

こちらは公開放送には使われておらず、あくまでも、銀座にあるNACK5のスタジオという感じ。

したがって、訪れても放送を観覧することはできないが、スタジオ前のラックでタイムテーブルを入手することはできる。


 

 

たまにカーテンが開いているときもある。
 

現在は下記番組の生放送などに使われている:

  • 「Nutty Radio Show THE魂(ソウル)」(月〜木20:00-23:00)
  • 「FUNKY FRIDAY」(金9:00-17:55)
  • 「松山千春のON THE RADIO」(日21:00-22:00)

僕が通ってた大学の生協では、いつも金曜日は「FUNKY FRIDAY」(金9:00-17:55)が流れていた。当時、この番組が好きな職員がいたのかもしれない。

2017年3月30日で終了した「The Nutty Radio Show おに魂」もこのスタジオから放送されていた。

NACK5銀座スタジオへのアクセス

場所は、有楽町駅前、都高速道路の高架下の商業施設・西銀座デパートの一角。

JR有楽町駅側からは、交通会館のある中央口を出て有楽町マリオン方面へ向かい、ルミネ1とルミネ2の間の通路を抜けるとスタジオにたどり着く。

銀座・数寄屋橋方面からは、有名な宝くじ売り場「西銀座チャンスセンター」横の入り口から西銀座デパートに入り、反対側の出入口まで進んだ右手、レディースシューズ・バッグの店 WASHINGTON 奥にある。

繰り返しになるけれど、行っても番組の観覧はできない。

GINZA STUDIO は、公開されていないせいか、西銀座デパート店頭で配布されているフロア・ガイドにも掲載されていない。


 

西銀座デパートは無番地

西銀座デパートは首都高速道路の高架下にある商業施設のひとつで、「デパート」と呼ばれているが百貨店ではない。「西銀座デパート」は運営会社名および通称で、商業施設名は単に「西銀座」のようである。

この場所は無番地で、住所は「東京都中央区銀座4-1」、ビル名は「北数寄屋ビル」。

西銀座 | NISHIGINZA

ちなみに、同じ西銀座デパートでラジオのサテライト・スタジオといえば、現在のチャンスセンターのあたりに、ニッポン放送のサテライト・スタジオがあったとのこと。この話はまたいずれ。

※当ブログ内の関連リンク

HITS! THE TOWN(NACK5、2010年5月22日(土)17:00-21:00)の公開放送を観てきました。
※実際に足を運んだ際のレポート。長いこと行ってないなぁ。


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FMの日(6月13日)

○FMの日(6月13日)

 

6月13日は「FMの日」なのだとか。FMの「F」がアルファベットの6番目、「M」が13番目というのが由来とのこと。

FM(frequency modulation:周波数変調)の発明者はエドウィン・ハワード・アームストロング(Edwin Howard Armstrong, 1890-1954)。彼は、超再生方式、スーパーヘテロダイン方式の発明者でもあり、20世紀で最も偉大なラジオ技術者のひとり。

ちなみに、FMラジオの特許成立は1933年12月26日(アメリカ合衆国特許第1,941,066号)。

RADIO SIGNALING SYSTEM - Google Patent Search

以前、ローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』(翔泳社、2004年)で、FMラジオについて、次のような印象深いエピソードを読んだことがある——

アームストロングは、1935年11月5日、エンパイア・ステイト・ビルディング(Empire State Building)で行われていた無線技術者協会の会合でFM放送の実証実験を行い、これまで聴いたこともないクリアーな音声で人びとを驚かせた。

アームストロングはRCA(Radio Corporation of America、AV機器用ケーブルのRCA端子でおなじみですね)からの依頼をきっかけに、このFM技術を発明した。

ただ、RCA社長のデイヴィッド・サーノフ(David Sarnoff, 1891-1971)は、アームストロングがAM放送のノイズ除去フィルターを開発するものと期待していた。意に反して、アームストロングはAM放送に対抗しうる全く新しい放送技術を発明してしまったのだ。即ち、アームストロングは、RCAのライヴァルになってしまった。

RCAは当時のアメリカ合衆国のラジオ業界を牛耳る存在。サーノフ社長は、FM技術を社内に封じ込めた。そして、連邦通信委員会(FCC)長官・AT&Tなども巻き込み、テレビ用の周波数調整の名目でFMラジオの割当周波数帯を変更し、出力も制限した。結果として、FMラジオの普及は遅れた。

テレビにもFM技術が使われているが、RCAはアームストロングにFM技術の特許無効を宣告、特許使用料支払いを拒否。

アームストロングはRCAとの訴訟のあと破産し、1954年1月31日、妻へ宛てた遺書を残して13階の窓から投身自殺した。

以上がローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』で紹介されていたFM技術開発の裏話。

サーノフ社長は、アームストロングの訃報にふれて「私がアームストロングを殺したわけではない」(I did not kill Armstrong.)とコメントしたと言われている。

皆さんが日頃聴いているFMラジオの背景にはこのような話があることをぜひご記憶ください。

Edwin Howard Armstrong (1890 - 1954) - Find A Grave Memorial(英語)
※お墓検索サイトのアームストロングのページ。サイバーお墓参りをどうぞ。ヴァーチャル献花もできるようです。


Edwin Howard Armstrong, 1890-1954
 

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コミュニティ放送の日(6月6日)

○コミュニティ放送の日(6月6日)

 

日本コミュニティ放送協会(JCBA)が、2006年5月に、6月6日をコミュニティ放送の日に制定。6月6日は、JCBAが中間法人として設立登記された日に該る。

以上。

……これで終りではなんなので、関連した話題をもう少し。

現在は削除されているが、以前JCBAトップ・ページに「radio☆star」というバナー広告が掲載されていた。気になったのでクリックしたところ、そのとき既に「Not Found」。

調べてみると、「radio☆star」とは、ポッドキャスティングのポータルサイト Castalia を運営するキャスタリア株式会社JCBAが提携して、個人発ポッドキャスト番組をコミュニティーFM局向けに供給可能にするSNSだったようだ。同時に、放送コンテンツをポッドキャスティング配信するための管理ツールをコミュニティーFM局に提供していた。

Castalia -キャスタリア株式会社- 個人発ラジオ番組プロダクションサイト「radiostar」の開始ーネット経由でコミュニティFM約200局への番組提供可能

Apple Tips 第29回 ポッドキャストを活用したビジネスモデルに学ぶ、その2  すべてのものづくりの根源は「あったらいいな」というモノコト | 大塚商会
※Podcasting954(TBSラジオ)オリジナル番組「Apple Tips」サイト。音源公開は終了。番組内容の要約を掲載。

もう終了したものと思われる。

配信管理ツール「castplant」のサイトには、最近までradio☆starのログイン・ページが残っていたけれど、コチラも今はアクセスできない。

結果としてどのような番組がどのくらいコミュニティーFM局に供給されたのか興味があるところだが、定かではない。

面白い試みだったと思うんだけどなぁ。


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電波の日(6月1日)

○電波の日(6月1日)

 

6月1日は電波の日。

1950年6月1日の電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)施行に由来し、電波の利用が日本国民一般に開放されたことを記念する日。

1951年に電波監理委員会が6月1日を「電波記念日」とし、同委員会の廃止(1952年8月1日)を経て、1954年に郵政省が「電波の日」を制定。

総務省は、毎年この日に「電波の日・情報通信月間」記念中央式典において、情報通信の発展に貢献した個人及び団体を表彰している。

※関連リンク:

総務省|検索結果(総務省ウェブサイト内での「電波の日」検索結果)

○電波法

○放送法

○電波監理委員会設置法


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民放の日(4月21日)

○民放の日(4月21日)

 

4月21日は「民放の日」。

日本民間放送連盟:4月21日は民放の日

1951年4月21日に民放ラジオ16社に初の予備免許が与えられたことを記念し、日本民間放送連盟(=民放連)が制定した記念日。

この記念日は、1968年に「放送広告の日」として制定され、1993年に「民放の日」へと改称された。

ちなみに、1951年9月1日の6:30に中部日本放送(CBCラジオ)が、12:00に新日本放送(現在の毎日放送 MBSラジオ)が日本初の民放ラジオ局として本放送を開始。

これを記念して制定されたのが「民放ラジオ放送開始記念日」(9月1日)。

※当ブログ内の関連エントリー

民放ラジオ放送開始記念日(9月1日)

世界初のラジオ局開局の日(1920年11月2日)

放送記念碑(東京都港区芝浦3-3-6 東京工業大学附属科学技術高等学校外)


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