番組評以外のラジオの話題

在京ラジオ局新規採用者数一覧(1987〜2017年度)

◯在京ラジオ局新規採用者数一覧(1987〜2017年度)

 

在京主要ラジオ局の新規採用者数一覧表に2017年度のデータを加えて更新してみました(1987〜2017年度)。

年度
TBS
文化
ニッ
ポン
日本
Inter
TFM
J-WA
NIKK
2017
0
0
2
0
1
4
2
0
2016
0
0
10
0
4
4
0
0
2015
0
0
5
0
4
9
4
0
2014
0
0
3
3*
0
9
0
0
2013
0
3
4
0
0
6
0
1
2012
2
2
1
0
14
0
2
0
2011
2
2
2
1
0
2
0
0
2010
3
0
0
0
0
0
0
2
2009
2
3
3
0
5
0
0
0
2008
3
3
5
1
3
5
0
1
2007
5
3
5
2
0
5
0
2
2006
2
4
2
3
0
6
0
2
2005
5
2
4
0
3
4
0
0
2004
6
1
5
0
4
5
0
0
2003
7
2
8
0
0
4
0
0
2002
7
2
7
2
0
17
0
0
2001
6
0
10
3
0
13
0
4
2000
(27)
0
6
3
0
13
0
4
1999
(21)
5
10
4
0
10
2
0
1998
(35)
5
10
2
0
8
2
4
1997
(33)
7
24
4
8
8
3
2
1996
(40)
4
12
2
-
5
2
4
1995
(39)
4
12
2
-
5
2
4
1994
(42)
4
15
0
-
6
0
3
1993
(38)
4
8
0
-
0
0
3
1992
(42)
8
11
0
-
0
0
4
1991
(49)
10
15
0
-
8
0
5
1990
(60)
13
12
0
-
9
4
6
1989
(59)
5
10
0
-
9
3
5
1988
(58)
10
10
0
-
6
7
5
1987
(46)
9
12
0
-
6
-
11

※2014年度のラジオ日本の採用3名は契約社員。

参考

  • 1989年12月29日:日経平均株価最高値(最高値38,957.44円/終値38,915.87円)
  • 1987年10月19日:株価大暴落(ブラック・マンデー)
  • 1990年10月1日:日経平均株価最高値一時2万円割れ。バブル経済崩壊へ。
  • 1991年3月〜2002年1月:失われた10年 
  • 2004年:ネット広告費がラジオ広告費を初めて上回る。
  • 2008年9月15日:リーマン・ショック
  • 2009年:有効求人倍率最低(0.45倍)
  • 2011年3月11日:東日本大震災

※当ブログ内の関連エントリー

ラジオ局売上高ランキング(関東)平成28(2016)会計年度

「ニッポン放送 批判」で検索してこのブログを見ている人がここ数日やたら多い件について


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラジオ局売上高ランキング(関東)平成29(2017)会計年度

◯ラジオ局売上高ランキング(関東)平成29(2017)会計年度

※エフエム富士の数値を訂正しました。(2019年1月6日)

 

関東のラジオ局を売上高の順に並べてみました。矢野研の『マーケットシェア事典』より詳しいと思います。

今回から、参考に関西圏と中京圏準キー局のデータも加えてみました(ただし、ラジオ事業が分社化している局のみ)。

関東ラジオ局売上高ランキング
平成27会計年度(2017.4.1-2018.3.31)
単位:千円
放送局 売上高 税引前当期利益 当期純利益
ニッポン放送 14,400,482 132,884 71,284
エフエム東京 13,239,530 890,339 548,432
TBSラジオ 10,478,154 528,632 342,932
文化放送 7,061,599 ▲209,338 ▲208,191
J-WAVE 4,933,295 363,803 275,391
FM NACK5 3,026,763 378,828 233,926
横浜エフエム 2,377,748 142,676 105,125
ベイエフエム 2,149,180 ▲16,350 ▲18,378
アールエフラジオ日本 1,681,302 70,460 69,445
日経ラジオ社 1,604,118 ▲31,444 ▲1,858
エフエム群馬 885,255 23,943 12,118
エフエム栃木 810,882 7,413 4,640
エフエムインターウェーブ   750,822 ▲40,080 ▲35,960
茨城放送 664,894 55,064 40,427
エフエム富士 647,026 21,828 13,799
栃木放送 498,817 ▲22,154 ▲166,802
※参考
関西圏
FM802 3,980,899 106,304 81,347
エフエム大阪 2,898,887 40,121 37,961
大阪放送 1,768,130 10,602 15,858
兵庫エフエム 568,746 34,330 22,953
朝日放送ラジオ - - -
中京圏
CBCラジオ
2,785,159 43,520 18,049
東海ラジオ
2,407,169 ▲1,220,459 ▲1,427,176
ZIP-FM 2,175,386 255,467 174,608
エフエム愛知
1,452,976 46,464 28,680
Radio NEO 303,639 ▲71,684 ▲71,769
※参考
日本テレビ放送網 312,211, * * * 40,835, * * * 26,960, * * *
フジテレビジョン 206,677, * * * 4,266, * * * 2,647, * * *
テレビ朝日 239,627, * * * 17,123, * * * 13,392, * * *
TBSテレビ 217,152 * * * 10,041, * * * 6,960, * * *
テレビ東京 114,593, * * * 10,272, * * * 7,332, * * *
東京メトロポリタンテレビジョン   18,156,* * * 1,392, * * * 967, * * *
サンテレビジョン 5,788,911 313,696 199,921

 

日本民間放送連盟[編]『日本民間放送年鑑2018』(コーケン出版、2018年)掲載の各局損益計算書をもとに作成しました。

※関東外ですが、手元のチューナーで東京の地域設定でプリセットされているFM-FUJIも追加しています。

※1000の位以下は四捨五入、10万円台以下の不明な数字は「*」で置き換えています。

※当ブログ内の関連エントリー

ラジオ局売上高ランキング(関東)平成28(2016)会計年度

ラジオ局売上高ランキング(関東)平成27(2015)会計年度

ラジオ局売上高ランキング(関東)平成26(2014)会計年度

ラジオ局売上高ランキング(関東)平成25(2013)会計年度


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ディスク・ジョッキーの日(12月28日)

○ディスク・ジョッキーの日(12月28日)

 

12月28日は、ディスクジョッキーの日。

元ニッポン放送アナウンサーで、「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)の初代パーソナリティー陣のひとりでもある糸居五郎(1921年1月17日-1984年12月28日)の命日に由来。

ラジオ・プロデューサーの「ドン上野」こと上野修(?-2002年6月30日)の提唱により、この日がディスクジョッキーの日と定められたとのこと。


「糸居五郎のオールナイトニッポン」最終回エンディング
(ニッポン放送、1981年6月30日(月)27:00-29:00)
※司会はくり万太郎
 

「ミュージック・スペシャル in DAC」
(FM東京、1976年11月?日)
※DAC——今はなき第一家電のことなんですねぇ。FM東京でも番組を担当していたとは知りませんでした。
 

当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第1回大本営発表(真珠湾攻撃・太平洋戦争開戦)(NHKラジオ、1941年12月8日(月)7:00-)

○「第1回大本営発表(真珠湾攻撃・太平洋戦争開戦)」(NHKラジオ、1941年12月8日(月)7:00-)

 

下に紹介する音源は、真珠湾攻撃と英米との開戦を伝える大本営発表。1941年12月8日(月)7:00からNHKラジオで放送された。これが第1回目の大本営発表となる。

日本の戦争は、真冬に始まり、真夏に終った。

当時のNHKは既に第1放送と第2放送に分かれていた。もちろん、テレビはまだない。第2放送は1941年12月から戦争の影響で放送休止。正確な休止日が判らないので、大本営発表が第1放送のみだったのか、サイマル放送だったのかは不明。植民地で短波放送で聴いた人たちもいたかもしれない。ご存知のかた、是非ご教示ください。


 

臨時ニュースヲ申シ上ゲマス。臨時ニュースヲ申シ上ゲマス。

大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。

帝国陸海軍ハ今八日未明、西太平洋ニ於ヒテ、アメリカ、イギリス軍ト戦闘状態ニ入レリ。

帝国陸海軍ハ今八日未明、西太平洋ニ於ヒテ、アメリカ、イギリス軍ト戦闘状態ニ入レリ。

放送されたのは月曜日の早朝で、

真珠湾攻撃の第一報である。この日は月曜日だった。第1次攻撃隊の攻撃発起は8日午前3時25分。ハワイ時間の7日(日曜日)午前7時55分だった。休日・安息日の朝だからこそ、奇襲になる。[……]「12月8日」という形で日本時間で理解していると、「日曜日の奇襲」の仕掛けがわからない。

米英軍「と」から「ともに」へ 2003年12月8日
(「平和憲法のメッセージ 早稲田大学・水島朝穂のホームページ」内)

上に引用した大本営の音源には、続けて同日午後一時発表の音源が収められている:

臨時ニュースヲ申シ上ゲマス。臨時ニュースヲ申シ上ゲマス。

帝国海軍ハ、ハワイ方面ノアメリカ艦隊並ビニ航空兵力ニ対シ決死ノ大空襲ヲ敢行シ、シンガポール其ノ他ヲモ大爆撃シマシタ。

大本営海軍部今日午後一時発表。

一、帝国海軍ハ本八日未明、ハワイ方面ノアメリカ艦隊並ビニ航空兵力ニ対シ、決死ノ大空襲ヲ敢行セリ。

二、帝国海軍ハ本八日未明、上海ニ於ヒテイギリス砲艦ペトレル号ヲ撃沈セリ。アメリカ砲艦ウエーキ号ハ同時刻我ニ降伏セリ。

三、帝国海軍ハ本八日未明、シンガポールヲ爆撃シテ大ナル戦果ヲ収メタリ。

四、帝国海軍ハ本八日早朝、ダバオ、ウエーク、グアムノ敵軍事施設ヲ爆撃セリ。

アナウンスの読み上げの前にチャイムが流れる。これは緊急放送時に用いられるもので、内容の重要度によって3段階あるとのこと。上掲音源のチャイムは最も重要度の高い放送の時に用いられるものだとか。


NHKの緊急放送チャイム3段階
 

当ブログ内の関連エントリー:

玉音放送(NHKラジオ第1、1945年8月15日(水)12:00-)


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界初のラジオ局開局の日(1920年11月2日)

○世界初のラジオ局開局の日(1920年11月2日)

 

1920年11月2日は、世界初のラジオ局開局の日。

アメリカのラジオ局・KDKA がペンシルヴェイニア州イースト・ピッツバーグ(East Pittsburgh, Pennsylvania)から世界最初のラジオ放送を行った日。

This is KDKA of the Westinghouse Electric and Manufacturing Company in East Pittsburgh, Pennsylvania.

We shall now broadcast the election returns.  We are receiving these returns through the co-operation and by special arrangements with the Pittsburgh Post and Sun.  The election returns will be broadcast as soon as they are received by us here at KDKA.

We'd appreciate it if anyone hearing this broadcast would communicate with us, as we are very anxious to know how far the broadcast is reaching and how it is being received.

(こちらは、KDKA。ペンシルヴェイニア州イースト・ピッツバーグ、ウェスティングハウス電機製作所の放送局です。

これから選挙結果をお送り致します。選挙結果は、『ピッツバーグ・ポスト・アンド・サン』紙の協賛とご厚意により入手予定です。選挙結果がこちらKDKAに届き次第、放送致します。

この放送の到達範囲と受信状況が是非知りたいので、この放送をお聴きの方はご連絡くだされば幸いです。)

KDKA, November 2, 1920
 

'Conrad's Garage'
"All Things Considered" (NPR, Oct 28, 2002)

KDKAの放送音源は8:10ごろから。
 

KDKAの前身は、ウェスティングハウス電機製作所(Westinghouse Electric and Manufacturing Company)のエンジニアであったフランク・コンラッド(Frank Conrad)がペンシルヴェイニア州ウィルキンスバーグ(Wilkinsburg)の自宅ガレージでおこなっていた実験放送。

その後、ウェスティングハウス社の申請によりコール・サインが付与され、世界初のラジオ局KDKAが誕生。したがって同局は、世界初の民間放送局でもある。

最初の放送は1920年11月2日18:00に同社屋上のシャックから行われ、放送内容は大統領選挙速報だった(ハーディング vs コックス)。キャスターは同社社員レオ・ローゼンバーグ(Leo Rosenberg)が務めた。

エンジニアのコンラッドは、放送事故に備え、予備の送信機を準備して自宅待機。世界初放送の瞬間に立ち会うことができなかった。

ちなみに、日本初のラジオ放送は、1925(大正14)年3月22日9:30、東京放送局仮放送所(東京高等工芸学校内:東京市芝区新芝町(現・東京都港区芝浦3丁目))から行われた。これが後のNHK東京放送局。

※関連リンク

Frank Conrad(アメリカ国立放送博物館ウェブサイト、英語)
フランク・コンラッド自宅のアンテナとシャックの写真も掲載。

Dr. Frank Conrad, Radio Pioneer, Dies(ニュー・ヨーク・タイムズ紙ウェブサイト、英語)
※フランク・コンラッドの死亡記事

Pennsylvania, Pennsylvania Association of Broadcasters Leo Rosenberg(英語)
※キャスターを務めたレオ・ローゼンバーグについて。

NewsRadio 1020 KDKA « CBS Pittsburgh(KDKA公式サイト、英語)
※KDKAは現存します。

※当ブログ内の関連エントリー:

放送記念碑(東京都港区芝浦3-3-6 東京工業大学附属科学技術高等学校外)

萩原朔太郎「ラヂオ漫談」(1925年)

放送記念日(3月22日)

もうひとつの放送記念碑:放送記念碑(東京都千代田区内幸町2丁目2)


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

玉音放送(NHKラジオ、1945年8月15日(水)12:00-)

○「玉音放送」(NHKラジオ、1945年8月15日(水)12:00-)

 

※頂いた情報により玉音放送の書き起こし部分の不明箇所を改訂、および末尾に若干の加筆(2010年1月11日)

ポツダム宣言受諾を宣布する「終戦ノ詔書」が天皇裕仁により朗読され、アセテート盤に録音。これが、1945(昭和20)年8月15日(水)正午、ラジオを通じて放送され、大日本帝国臣民に日本の敗戦・無条件降伏が伝えられた。これがいわゆる「玉音放送」である。

和田信賢アナウンサー 全国ノ聴取者ノ皆様、御起立願ヒマス。

下村宏情報局総裁 天皇陛下ニ於カセラレマシテハ、全国民ニ対シ畏クモ御自ラ大詔ヲ宣ラセ賜ウ事ニナリマシタ。此ヨリ謹ミテ玉音ヲ御送リ申シマス。

(君が代演奏)

天皇裕仁 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存 ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精 朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ 遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ 乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

(君が代演奏)

下村総裁 謹ンデ天皇陛下ノ玉音放送ヲ終リマス。

和田アナウンサー 畏クモ天皇陛下ニ於カセラレマシテハ、万世ノ為ニ泰平ヲ開カント思シ召サレ、昨日政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シテ、ポツダム宣言ヲ受諾スル旨通告セシメラレマシタ。

畏クモ天皇陛下ニ於カセラレマシテハ、同時ニ詔書ヲ渙発アラセラレ、帝国ガ四カ国の共同宣言ヲ受諾スルノ止ム無シニ至ツタ所以ヲ御宣シアラセラレ、今日正午畏キ大御意ヨリ詔書ヲ御放送アラセラレマシタ。

コノ御堂ノ御事ハ拝察スルダニ畏キ極ミデアリ、一億等シク感泣致シマシタ。

我々臣民ハ只々詔書ノ御旨ヲ必謹誓ツテ国体ノ護持ト民族ノ名誉保持ノ為滅私ノ奉公ヲ誓ヒ奉ル次第デ御座ヒマス。

最後のアナウンスで一箇所聴き取れないところがありました([……]の部分)。また、聞き誤った箇所も散見されると思いますので、お気づきのかたはご教示ください。

め さんから頂いたコメントにより、該当箇所(上掲載書き起こし下線部)は「必謹誓ツテ」と判明致しました。「承詔必謹」 の 「必謹」とのことで、意味から判断しても間違いないと思います。貴重なご教示、誠にありがとうございます。

玉音放送録音・放送の経緯については、『朝日新聞』夕刊で 2008年12月1日(月)〜12月26日(金)にかけて連載された「ラジオの時代」第2部で数回取り上げられ、概説されている(この連載、本にならないのかなぁ)。

「ラジオの時代」 第2部 あのとき あの場で、『朝日新聞』夕刊(2008年12月1日(月)〜12月26日(金))総目次(当ブログ内)

ちなみに、録音に使用されたのは、DENON DP-17-K 可搬型録音再生機(日本電気音響株式会社:現DENON)

東京・西新宿の平和祈念展示資料館には、「終戦ノ詔書」のレプリカが展示されていた。入場無料。誰がどういう意図で行っている展示なのかに気をつけて観覧する必要があるものの、展示物そのものには見る価値があると思う。

平和祈念展示資料館

平和祈念展示資料館(東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル48階)(当ブログ内)

※加筆
NHK放送博物館には、玉音放送の原盤(玉音盤)のレプリカと、天皇裕仁自身が玉音放送を聴いたラジオ受信機(RCA の 真空管ラジオ Radiola の卓上モデル)が展示されている。

NHK放送博物館
※こっちも、入場無料

※当ブログ内の関連エントリー:

第1回大本営発表(真珠湾攻撃・太平洋戦争開戦)(NHKラジオ、1941年12月8日(月)6:00-)


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アマチュア無線の日(7月29日)

○アマチュア無線の日(7月29日)

 

7月29日はアマチュア無線の日。

太平洋戦争で禁止されていたアマチュア無線が1952年のこの日に復活。これを記念して、1973年に日本アマチュア無線連盟(JARL)が制定した記念日。

1952年(昭和27年)7月

7月29日 全国で局免許申請者30名に予備免許がおりる。これは戦後のアマチュア無線再開であり、のちに7月29日が「アマチュア無線の日」と制定される。

アマチュア無線年表 70年史・昭和中期(一般社団法人日本アマチュア無線連盟ウェブサイト)

平和と自由は無条件にすばらしい。


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トランジスタの日(6月30日)

○トランジスタの日(6月30日)

 


RCサクセション「トランジスタラジオ」(1981年)
 

アメリカのベル研究所(Bell Laboratories)のジョン・バーディーン(John Bardeen 1908-1991)とウォルター・ハウザー・ブラッテン(Walter Houser Brattain 1902-1987)は、トランジスター開発につながる現象を発見した。

ウィリアム・ブラッドフォード・ショックレー(William Bradford Shockley 1919-1989)と研究を進め、3人の連名で1948年6月30日にトランジスターの発明を発表。1956年にはノーベル物理学賞を受賞した。

トランジスター(transistor)の名付け親は、ノーベル物理学賞受賞者のジョン・R・ピアース(John R. Pierce 1910-2002)。

トランジスターの発明者は日本人?

ちなみに、トランジスターの発明者は日本人だという説もある。

その説とは、NHK技術研究所の内田秀男が、上記3名に先立ってトランジスターの原理をすでに発見していたというもの。

「鉱石ラジオの鉱石は検波しかないが、真空管は検波用もあれば増幅用もある。ならば鉱石でも増幅用ができないだろうか?」という学生時代の着想が元になっているという。思考の流れとしては筋が通っている。1943年にはトランジスター発明の確信を得て、戦後には開発に必要な条件を満たした鉱石の調達の目処も立っていたという。内田はこのトランジスターを「三極鉱石」と命名。

画期的なアイディアであったが、上司の無理解で発表の機会が得られず、GHQの検閲によりこの情報がアメリカに漏れたと言われている。ベル研究所の3名がトランジスターの発明を発表したのは、検閲の半年後だったという。

ただ、当時の日本では、トランジスター開発に必要な高純度のシリコンやゲルマニウムの結晶は入手できなかったとの理由で、日本人発明説を否定する声もある。

これらの話を聞いた素人の私の感触では、内田秀男はトランジスター原理を発見し、発明直前までアイディアを練っていたものの、実際に現物をつくるところまでは至らず、ベル研究所の3人に先を越されてしまったということなのかもしれない。

ちなみに、秋葉原のラジオセンターの2階に「内田ラジオアマチュアショールーム」という店がある。クラシックなラジオが所狭しと並べられた店内におばあさんが座っている。この方が内田秀男夫人の久子さん。内田秀男が開いた店とのこと。

ラジオセンターにそのような店が存在するというのも象徴的だ。この話を聴くまでは店の前を何の気なしに通っていたけれど、この話を知って以来、特別な店のような気がしている。

NSの歩きかた 第10回 アキバに見た ヴィンテージ・ラジオの宝庫(「NipponStyle JKヴィジュアルアーカイブ」内)

秋葉原ラジオセンター各店舗のご案内 内田ラジオアマチュアショールーム


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

FMの日(6月13日)

○FMの日(6月13日)

 

6月13日は「FMの日」なのだとか。FMの「F」がアルファベットの6番目、「M」が13番目というのが由来とのこと。

FM(frequency modulation:周波数変調)の発明者はエドウィン・ハワード・アームストロング(Edwin Howard Armstrong, 1890-1954)。彼は、超再生方式、スーパーヘテロダイン方式の発明者でもあり、20世紀で最も偉大なラジオ技術者のひとり。

ちなみに、FMラジオの特許成立は1933年12月26日(アメリカ合衆国特許第1,941,066号)。

RADIO SIGNALING SYSTEM - Google Patent Search

以前、ローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』(翔泳社、2004年)で、FMラジオについて、次のような印象深いエピソードを読んだことがある——

アームストロングは、1935年11月5日、エンパイア・ステイト・ビルディング(Empire State Building)で行われていた無線技術者協会の会合でFM放送の実証実験を行い、これまで聴いたこともないクリアーな音声で人びとを驚かせた。

アームストロングはRCA(Radio Corporation of America、AV機器用ケーブルのRCA端子でおなじみですね)からの依頼をきっかけに、このFM技術を発明した。

ただ、RCA社長のデイヴィッド・サーノフ(David Sarnoff, 1891-1971)は、アームストロングがAM放送のノイズ除去フィルターを開発するものと期待していた。意に反して、アームストロングはAM放送に対抗しうる全く新しい放送技術を発明してしまったのだ。即ち、アームストロングは、RCAのライヴァルになってしまった。

RCAは当時のアメリカ合衆国のラジオ業界を牛耳る存在。サーノフ社長は、FM技術を社内に封じ込めた。そして、連邦通信委員会(FCC)長官・AT&Tなども巻き込み、テレビ用の周波数調整の名目でFMラジオの割当周波数帯を変更し、出力も制限した。結果として、FMラジオの普及は遅れた。

テレビにもFM技術が使われているが、RCAはアームストロングにFM技術の特許無効を宣告、特許使用料支払いを拒否。

アームストロングはRCAとの訴訟のあと破産し、1954年1月31日、妻へ宛てた遺書を残して13階の窓から投身自殺した。

以上がローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』で紹介されていたFM技術開発の裏話。

サーノフ社長は、アームストロングの訃報にふれて「私がアームストロングを殺したわけではない」(I did not kill Armstrong.)とコメントしたと言われている。

皆さんが日頃聴いているFMラジオの背景にはこのような話があることをぜひご記憶ください。

Edwin Howard Armstrong (1890 - 1954) - Find A Grave Memorial(英語)
※お墓検索サイトのアームストロングのページ。サイバーお墓参りをどうぞ。ヴァーチャル献花もできるようです。


Edwin Howard Armstrong, 1890-1954
 

当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コミュニティ放送の日(6月6日)

○コミュニティ放送の日(6月6日)

 

日本コミュニティ放送協会(JCBA)が、2006年5月に、6月6日をコミュニティ放送の日に制定。6月6日は、JCBAが中間法人として設立登記された日に該る。

以上。

……これで終りではなんなので、関連した話題をもう少し。

現在は削除されているが、以前JCBAトップ・ページに「radio☆star」というバナー広告が掲載されていた。気になったのでクリックしたところ、そのとき既に「Not Found」。

調べてみると、「radio☆star」とは、ポッドキャスティングのポータルサイト Castalia を運営するキャスタリア株式会社JCBAが提携して、個人発ポッドキャスト番組をコミュニティーFM局向けに供給可能にするSNSだったようだ。同時に、放送コンテンツをポッドキャスティング配信するための管理ツールをコミュニティーFM局に提供していた。

Castalia -キャスタリア株式会社- 個人発ラジオ番組プロダクションサイト「radiostar」の開始ーネット経由でコミュニティFM約200局への番組提供可能

Apple Tips 第29回 ポッドキャストを活用したビジネスモデルに学ぶ、その2  すべてのものづくりの根源は「あったらいいな」というモノコト | 大塚商会
※Podcasting954(TBSラジオ)オリジナル番組「Apple Tips」サイト。音源公開は終了。番組内容の要約を掲載。

もう終了したものと思われる。

配信管理ツール「castplant」のサイトには、最近までradio☆starのログイン・ページが残っていたけれど、コチラも今はアクセスできない。

結果としてどのような番組がどのくらいコミュニティーFM局に供給されたのか興味があるところだが、定かではない。

面白い試みだったと思うんだけどなぁ。


当ブログ内の人気記事


Google

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧