番組評以外のラジオの話題

グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi 1874-1937)、大西洋横断無線通信に成功(1901年12月12日)。

○グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi 1874-1937)、大西洋横断無線通信に成功(1901年12月12日)。

 

1901年12月12日、イタリアの発明家、グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi 1874-1937)が大西洋横断無線通信に成功。

送信所は、イングランドはコーンウォールのポルドゥー(Poldhu, Cornwall, England)で 、受信地は、カナダはニューファンドランド島・セントジョンズ(St. Jon's, Newfoundland, Canada)。距離は約3500km。ちなみに日本の国土は、南北の長さが択捉島から沖ノ鳥島までの2787km、東西の長さが南鳥島から与那国島までの3146kである。

火花送信機(spark gap transmitter)により発生する電磁波を、凧で空中につり上げたアンテナで受信し、水銀コヒーラ(mercury coherer)で検波する。

送信機で火花を発生させることで電磁波が生じ、受信機が電磁波を受けるとコヒーラの電気抵抗が低下し回路に電流が流れるという仕組みで、これによりモールス信号の送受信を行い通信する。

高圧電流を用いた火花の発生により、送信所周辺には数kmにわたって爆音が轟いたという。

また、水銀コヒーラはマルコーニの発明ではなく、ジャガディッシュ・チャンドラ・ボース(Sir. Jagadish Chandra Bose)が発明したものを、イタリア海軍のルイージ・ソラーリ中尉(Luigi Solari)から譲り受けたものであることが明らかになっている。

100円ライターやチャッカマンのスパーカー(カチカチいわせて火花を発生させるところ)と、アルミホイルを丸めた粒とフィルム・ケースなどを利用したコヒーラで、同じ原理の送受信機をつくることもできる。


チャッカマンとアルミホイル・コヒーラの工作例
 マルコーニの送受信機と同じ原理
 

マルコーニは、1909年、「無線通信発展への貢献により」ノーベル物理学賞を受賞している。

参考リンク:

偉大な発明品、誕生とその軌跡 | マルコーニ式電波カー | その他の実験 | 大人の科学製品版 | 大人の科学.net

マルコーニの大西洋横断無線電信実験の真実 (「電気の歴史イラスト館」内)
水銀コヒーラ疑惑 (「電気の歴史イラスト館」内)

The Nobel Prize in Physics 1909(ノーベル財団公式サイト内:英語)
Guglielmo Marconi - Nobel Lecture(ノーベル財団公式サイト内:英語)
※マルコーニによるノーベル賞受賞公演。"Wireless Telegraphic Communication" 11 December, 1909.

Marconi Apparatus(John Jenkins SparkMuseum 内:英語)
Marconi Coherer(John Jenkins SparkMuseum 内:英語)


Guglielmo Marconi 1874-1937
 

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リクエストの日(10月25日)

◯リクエストの日(10月25日)

 

リクエストの日

10月25日は「リクエストの日」。

1936年の10月25日、ドイツ放送ベルリン局(Deutschlandsender Berlin)で、ラジオのリクエスト番組が始まったことに由来する、と言われている。

ことの発端は1935年のクリスマス、オーケストラによる生演奏番組の放送中に、リスナーから、自分の好きな曲を演奏してほしいとの電話が入った。番組はこれに応えた。これが世界初の電話リクエストと言われている。

しかし、注意深い人はお気づきかもしれない——「10月25日じゃないじゃん」。世界初の電話リクエストは1935年の12月25日だが、1936年の10月25日まで10か月の時間差がある。

この話には続きがある。

1935年の12月25日にリクエストが叶ったリスナーは、お礼として「ドイツ民族冬季援助活動」(Winterhilfswerk des Deutschen Volkes)に20ライヒスマルクを寄付した。救世軍の社会鍋のような慈善活動と思われる。

この出来事に着想を得たドイツ放送アナウンサーのハインツ・ゲデック(Heinz Goedecke)は、年明けの1936年1月14日、「冬季援助活動のためのリクエスト・コンサート」(Wunschkonzert für das Winterhilfswerk)を放送。今の日本で言うと、「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」(ニッポン放送、毎年12月24日12:00〜12月25日12:00)みたいなものかもしれない。

肝心の1936年10月25日開始の番組については、結局、今のところ判らずじまい。ウェブ上の文章や書籍を結構調べたのだけれど、10月25日の番組について具体的な記述が見当たらない。推測だが、同じコンセプトの番組がレギュラー化したものと思われる。調査継続中。情報をおもちの方は、是非ご教示を。

いずれにせよ、心温まるラジオのいい話だ。

「国防軍のためのリクエスト・コンサート」

しかし、以上はすべて、ナチス政権下で起こった出来事である。

人間は、いかなる時にも善意とユーモアを失わず、他者をいたわる存在であるとも言えるが、裏を返せば、普通の善良な市民が、他者の殲滅を目論む専制に容易に加担しうるとも言える。皮肉な真実である。

その後、番組は方向転換する。

ドイツ軍のポーランド侵攻によって第二次世界大戦の口火が切られたのは1939年9月1日。そのちょうど1か月後の10月1日、番組は、兵士たちのリクエストに応える「国防軍のためのリクエスト・コンサート」(Wunschkonzert für die Wehrmacht)へと衣替えし、前線・銃後における国威発揚と軍資金調達のために利用された。

この番組は、エドゥアルト・フォン・ボルゾディ(Eduard von Borsody)監督のプロパガンダ映画『リクエスト・コンサート』Wunschkonzert(1940年)の題材として取り上げられた。


エドゥアルト・フォン・ボルゾディ[監督]
『リクエスト・コンサート』Wunschkonzert(1940年)

演壇に立っているのがアナウンサーのハインツ・ゲデック。
 

※[お願い]登場したドイツ語の固有名詞に定訳があれば、是非ご教示下さい。

「前線へ送る夕」(NHK)

ちなみに、日本で戦時中に放送されていた「前線へ送る夕」(東京放送局=現在のNHK)は、「国防軍のためのリクエスト・コンサート」を参考にしたものである。


「前線へ送る夕」
 

※当ブログ内の関連エントリー:

ラジオのダークサイド:NHKスペシャル 「なぜ隣人を殺したか〜ルワンダ虐殺と煽動ラジオ放送〜」(NHK総合テレビ、1998年1月18日(日)21:00-21:58)


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民放ラジオ放送開始記念日(9月1日)

○民放ラジオ放送開始記念日(9月1日)

9月1日は、民放ラジオ放送開始記念日。

1951年9月1日、6:30に中部日本放送(CBCラジオ)が、12:00に新日本放送(現在の毎日放送 MBSラジオ)が日本初の民放ラジオ局として本放送を開始。これを記念して制定された。

※当ブログ内の関連エントリー:

民放の日(4月21日)


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アマチュア無線の日(7月29日)

○アマチュア無線の日(7月29日)

 

7月29日はアマチュア無線の日。

太平洋戦争で禁止されていたアマチュア無線が1952年のこの日に復活。これを記念して、1973年に日本アマチュア無線連盟(JARL)が制定した記念日。

1952年(昭和27年)7月

7月29日 全国で局免許申請者30名に予備免許がおりる。これは戦後のアマチュア無線再開であり、のちに7月29日が「アマチュア無線の日」と制定される。

アマチュア無線年表 70年史・昭和中期(一般社団法人日本アマチュア無線連盟ウェブサイト)

平和と自由は無条件にすばらしい。


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東京都議会議員選挙:ラジオの開票速報番組一覧(各局、2017年7月2日(日))

○東京都議会議員選挙:ラジオの開票速報番組一覧(各局、2017年7月2日(日))

※TOKYO FM の情報を修正。(2017年7月2日)

 

 


ラフィータフィー「目覚まし時計は歌う-選挙ソング」(2000年)
 

2017年7月2日(日)は東京都議会議員選挙の投票日。

選挙当日のラジオの開票速報特番の一覧をつくってみた。

今回は、珍しくTBSラジオのスタートが遅く、民放AM局をほぼハシゴすることが可能。


放送時間分布図(詳細はご確認を)
 

◇NHK第1:「東京都議会議員選挙開票速報」19:55-20:55、21:05-21:30、22:30-24:00、24:10-25:20

NHKネットラジオらじるらじるでもサイマル放送を実施、

 

◇TBSラジオ:報道特別番組「まとめて!都議選」23:00-24:00

【司会】
蓮見孝之(TBSアナウンサー) 
【解説】
崎山敏也(TBSラジオ記者)
武田一顕(TBSラジオ国会担当記者)

 

◇文化放送:「東京都議会議員選挙開票速報 首都決戦!127議席の行方」20:00-21:00

[出演]
進行キャスター:斉藤一美(文化放送アナウンサー)
開票キャスター:高橋民夫(文化放送都庁キャップ)
コメンテーター:角谷浩一(政治ジャーナリスト)

 

◇ニッポン放送:「ニッポン放送 東京都議会議員選挙開票速報~小池対自民勝つのはどっちだ?~」21:00-21:50、24:30-24:40

パーソナリティー:森田耕次解説委員
スタジオコメンテーター:須田慎一郎(ジャーナリスト)第1部
電話ゲスト:石元悠生(産経新聞論説委員)
取材担当
都民ファーストの会:畑中秀哉
自民党:後藤誠一郎
北区:宮崎裕子
千代田区:饗庭佑奈

 

◇InterFM:速報番組なし。

 

◇TOKYO FM:「TIME LINE 都議選スペシャル~そして、東京はこう変わる~」24:30-25:00

速水健朗
今井広海

 

◇J-WAVE:特別番組なし。

※参考「Headline News」(21:55-22:00)

 

◇ラジオNIKKEI:速報番組なし。


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トランジスタの日(6月30日)

○トランジスタの日(6月30日)

 


RCサクセション「トランジスタラジオ」(1981年)
 

アメリカのベル研究所(Bell Laboratories)のジョン・バーディーン(John Bardeen 1908-1991)とウォルター・ハウザー・ブラッテン(Walter Houser Brattain 1902-1987)は、トランジスター開発につながる現象を発見した。

ウィリアム・ブラッドフォード・ショックレー(William Bradford Shockley 1919-1989)と研究を進め、3人の連名で1948年6月30日にトランジスターの発明を発表。1956年にはノーベル物理学賞を受賞した。

トランジスター(transistor)の名付け親は、ノーベル物理学賞受賞者のジョン・R・ピアース(John R. Pierce 1910-2002)。

トランジスターの発明者は日本人?

ちなみに、トランジスターの発明者は日本人だという説もある。

その説とは、NHK技術研究所の内田秀男が、上記3名に先立ってトランジスターの原理をすでに発見していたというもの。

「鉱石ラジオの鉱石は検波しかないが、真空管は検波用もあれば増幅用もある。ならば鉱石でも増幅用ができないだろうか?」という学生時代の着想が元になっているという。思考の流れとしては筋が通っている。1943年にはトランジスター発明の確信を得て、戦後には開発に必要な条件を満たした鉱石の調達の目処も立っていたという。内田はこのトランジスターを「三極鉱石」と命名。

画期的なアイディアであったが、上司の無理解で発表の機会が得られず、GHQの検閲によりこの情報がアメリカに漏れたと言われている。ベル研究所の3名がトランジスターの発明を発表したのは、検閲の半年後だったという。

ただ、当時の日本では、トランジスター開発に必要な高純度のシリコンやゲルマニウムの結晶は入手できなかったとの理由で、日本人発明説を否定する声もある。

これらの話を聞いた素人の私の感触では、内田秀男はトランジスター原理を発見し、発明直前までアイディアを練っていたものの、実際に現物をつくるところまでは至らず、ベル研究所の3人に先を越されてしまったということなのかもしれない。

ちなみに、秋葉原のラジオセンターの2階に「内田ラジオアマチュアショールーム」という店がある。クラシックなラジオが所狭しと並べられた店内におばあさんが座っている。この方が内田秀男夫人の久子さん。内田秀男が開いた店とのこと。

ラジオセンターにそのような店が存在するというのも象徴的だ。この話を聴くまでは店の前を何の気なしに通っていたけれど、この話を知って以来、特別な店のような気がしている。

NSの歩きかた 第10回 アキバに見た ヴィンテージ・ラジオの宝庫(「NipponStyle JKヴィジュアルアーカイブ」内)

秋葉原ラジオセンター各店舗のご案内 内田ラジオアマチュアショールーム


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FM NACK5 GINZA STUDIO(東京都中央区銀座4-1先 西銀座デパート1F)

FM NACK5 銀座スタジオ(東京都中央区銀座4-1先 西銀座デパート1F)

 


 

NACK5銀座スタジオ

FM NACK5(埼玉県周辺 79.5MHz)には、現在ふたつの常設サテライト・スタジオがある。ひとつは、JR大宮駅前 ARCHE 5階の STUDIO ARCHE(HMV大宮ARCHE内)。「HITS! THE TOWN」(土15:00-17:55)などの公開放送に使われていて、観に行った人もいるかもしれない。

もうひとつは、GINZA STUDIO。


 

こちらは公開放送には使われておらず、あくまでも、銀座にあるNACK5のスタジオという感じ。

したがって、訪れても放送を観覧することはできないが、スタジオ前のラックでタイムテーブルを入手することはできる。


 

 

たまにカーテンが開いているときもある。
 

現在は下記番組の生放送などに使われている:

  • 「Nutty Radio Show THE魂(ソウル)」(月〜木20:00-23:00)
  • 「FUNKY FRIDAY」(金9:00-17:55)
  • 「松山千春のON THE RADIO」(日21:00-22:00)

僕が通ってた大学の生協では、いつも金曜日は「FUNKY FRIDAY」(金9:00-17:55)が流れていた。当時、この番組が好きな職員がいたのかもしれない。

2017年3月30日で終了した「The Nutty Radio Show おに魂」もこのスタジオから放送されていた。

NACK5銀座スタジオへのアクセス

場所は、有楽町駅前、都高速道路の高架下の商業施設・西銀座デパートの一角。

JR有楽町駅側からは、交通会館のある中央口を出て有楽町マリオン方面へ向かい、ルミネ1とルミネ2の間の通路を抜けるとスタジオにたどり着く。

銀座・数寄屋橋方面からは、有名な宝くじ売り場「西銀座チャンスセンター」横の入り口から西銀座デパートに入り、反対側の出入口まで進んだ右手、レディースシューズ・バッグの店 WASHINGTON 奥にある。

繰り返しになるけれど、行っても番組の観覧はできない。

GINZA STUDIO は、公開されていないせいか、西銀座デパート店頭で配布されているフロア・ガイドにも掲載されていない。


 

西銀座デパートは無番地

西銀座デパートは首都高速道路の高架下にある商業施設のひとつで、「デパート」と呼ばれているが百貨店ではない。「西銀座デパート」は運営会社名および通称で、商業施設名は単に「西銀座」のようである。

この場所は無番地で、住所は「東京都中央区銀座4-1」、ビル名は「北数寄屋ビル」。

西銀座 | NISHIGINZA

ちなみに、同じ西銀座デパートでラジオのサテライト・スタジオといえば、現在のチャンスセンターのあたりに、ニッポン放送のサテライト・スタジオがあったとのこと。この話はまたいずれ。

※当ブログ内の関連リンク

HITS! THE TOWN(NACK5、2010年5月22日(土)17:00-21:00)の公開放送を観てきました。
※実際に足を運んだ際のレポート。長いこと行ってないなぁ。


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FMの日(6月13日)

○FMの日(6月13日)

 

6月13日は「FMの日」なのだとか。FMの「F」がアルファベットの6番目、「M」が13番目というのが由来とのこと。

FM(frequency modulation:周波数変調)の発明者はエドウィン・ハワード・アームストロング(Edwin Howard Armstrong, 1890-1954)。彼は、超再生方式、スーパーヘテロダイン方式の発明者でもあり、20世紀で最も偉大なラジオ技術者のひとり。

ちなみに、FMラジオの特許成立は1933年12月26日(アメリカ合衆国特許第1,941,066号)。

RADIO SIGNALING SYSTEM - Google Patent Search

以前、ローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』(翔泳社、2004年)で、FMラジオについて、次のような印象深いエピソードを読んだことがある——

アームストロングは、1935年11月5日、エンパイア・ステイト・ビルディング(Empire State Building)で行われていた無線技術者協会の会合でFM放送の実証実験を行い、これまで聴いたこともないクリアーな音声で人びとを驚かせた。

アームストロングはRCA(Radio Corporation of America、AV機器用ケーブルのRCA端子でおなじみですね)からの依頼をきっかけに、このFM技術を発明した。

ただ、RCA社長のデイヴィッド・サーノフ(David Sarnoff, 1891-1971)は、アームストロングがAM放送のノイズ除去フィルターを開発するものと期待していた。意に反して、アームストロングはAM放送に対抗しうる全く新しい放送技術を発明してしまったのだ。即ち、アームストロングは、RCAのライヴァルになってしまった。

RCAは当時のアメリカ合衆国のラジオ業界を牛耳る存在。サーノフ社長は、FM技術を社内に封じ込めた。そして、連邦通信委員会(FCC)長官・AT&Tなども巻き込み、テレビ用の周波数調整の名目でFMラジオの割当周波数帯を変更し、出力も制限した。結果として、FMラジオの普及は遅れた。

テレビにもFM技術が使われているが、RCAはアームストロングにFM技術の特許無効を宣告、特許使用料支払いを拒否。

アームストロングはRCAとの訴訟のあと破産し、1954年1月31日、妻へ宛てた遺書を残して13階の窓から投身自殺した。

以上がローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』で紹介されていたFM技術開発の裏話。

サーノフ社長は、アームストロングの訃報にふれて「私がアームストロングを殺したわけではない」(I did not kill Armstrong.)とコメントしたと言われている。

皆さんが日頃聴いているFMラジオの背景にはこのような話があることをぜひご記憶ください。

Edwin Howard Armstrong (1890 - 1954) - Find A Grave Memorial(英語)
※お墓検索サイトのアームストロングのページ。サイバーお墓参りをどうぞ。ヴァーチャル献花もできるようです。


Edwin Howard Armstrong, 1890-1954
 

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コミュニティ放送の日(6月6日)

○コミュニティ放送の日(6月6日)

 

日本コミュニティ放送協会(JCBA)が、2006年5月に、6月6日をコミュニティ放送の日に制定。6月6日は、JCBAが中間法人として設立登記された日に該る。

以上。

……これで終りではなんなので、関連した話題をもう少し。

現在は削除されているが、以前JCBAトップ・ページに「radio☆star」というバナー広告が掲載されていた。気になったのでクリックしたところ、そのとき既に「Not Found」。

調べてみると、「radio☆star」とは、ポッドキャスティングのポータルサイト Castalia を運営するキャスタリア株式会社JCBAが提携して、個人発ポッドキャスト番組をコミュニティーFM局向けに供給可能にするSNSだったようだ。同時に、放送コンテンツをポッドキャスティング配信するための管理ツールをコミュニティーFM局に提供していた。

Castalia -キャスタリア株式会社- 個人発ラジオ番組プロダクションサイト「radiostar」の開始ーネット経由でコミュニティFM約200局への番組提供可能

Apple Tips 第29回 ポッドキャストを活用したビジネスモデルに学ぶ、その2  すべてのものづくりの根源は「あったらいいな」というモノコト | 大塚商会
※Podcasting954(TBSラジオ)オリジナル番組「Apple Tips」サイト。音源公開は終了。番組内容の要約を掲載。

もう終了したものと思われる。

配信管理ツール「castplant」のサイトには、最近までradio☆starのログイン・ページが残っていたけれど、コチラも今はアクセスできない。

結果としてどのような番組がどのくらいコミュニティーFM局に供給されたのか興味があるところだが、定かではない。

面白い試みだったと思うんだけどなぁ。


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電波の日(6月1日)

○電波の日(6月1日)

 

6月1日は電波の日。

1950年6月1日の電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)施行に由来し、電波の利用が日本国民一般に開放されたことを記念する日。

1951年に電波監理委員会が6月1日を「電波記念日」とし、同委員会の廃止(1952年8月1日)を経て、1954年に郵政省が「電波の日」を制定。

総務省は、毎年この日に「電波の日・情報通信月間」記念中央式典において、情報通信の発展に貢献した個人及び団体を表彰している。

※関連リンク:

総務省|検索結果(総務省ウェブサイト内での「電波の日」検索結果)

○電波法

○放送法

○電波監理委員会設置法


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