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2018年7月

アマチュア無線の日(7月29日)

○アマチュア無線の日(7月29日)

 

7月29日はアマチュア無線の日。

太平洋戦争で禁止されていたアマチュア無線が1952年のこの日に復活。これを記念して、1973年に日本アマチュア無線連盟(JARL)が制定した記念日。

1952年(昭和27年)7月

7月29日 全国で局免許申請者30名に予備免許がおりる。これは戦後のアマチュア無線再開であり、のちに7月29日が「アマチュア無線の日」と制定される。

アマチュア無線年表 70年史・昭和中期(一般社団法人日本アマチュア無線連盟ウェブサイト)

平和と自由は無条件にすばらしい。


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西日本豪雨災害と安倍政権の対応に関する仏ル・モンド紙の記事を訳してみました。

◯西日本豪雨災害と安倍政権の対応に関する仏ル・モンド紙の記事を訳してみました。

 

西日本豪雨災害と安倍政権の対応に関する仏ル・モンド紙の記事を訳してみた。日刊ゲンダイで引用されてたやつです。7月9日付の記事なのでデータはそ当時のものです。

元記事:"Intempéries au Japon : au moins 100 morts, le premier ministre Abe annule ses voyages", Le Monde, 09.07.2018

元の記事では、人名への言及の際、フルネームは敬称略、苗字のみの場合は敬称付きとなっていますが、日本語としては不自然な印象を与えるのですべてに敬称を付けました。

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。訳に著しく自信のないところが一か所あります……。

* * *

伊藤詩織の戦い 日本の豪雨:少なくとも100名の死者、首相は外遊を取りやめ

西日本を襲った豪雨は、洪水と土石流を引き起こした。

避難命令が届いたときにはすでに遅すぎた。水位は家の1階まであっという間に上昇したため、西日本の多くの村の住人たちは、屋根の上に非難する他に選択肢がなかった。SNS上にメッセージを送信したり、通過する消防・自衛隊・テレビ局のヘリコプターに向かって白いタオルを振るぐらいしか、彼らには脱出する方法がほとんどなかった。

異常な降雨の後、少なくとも100人が、6日金曜日から9日月曜日のあいだに死亡した。その雨は広島・愛媛・山口・岐阜・岡山・京都を襲った。「40年ここに住んでいるが、こんな経験は初めてだ」と、広島の男性被災者はNHKテレビに証言した。

異常な強さの降雨は、72時間で1メートルを超え、「実に50年ぶりの記録となった。前線が同じ地域の上空に非常に長期にわたり停滞し、これまで経験したことがないと言って良い大量の降雨をもたらした」と気象庁の梶原靖司予報課長は説明した。

2011年の津波の記憶

テレビが映し出す映像の数かず、とりわけドローンで撮影された映像は、2011年の東北の津波を思い起こさせる。水の流れは堰を切ったようで、猛烈な勢いで全てを押し流した。例えば、突然川に掛かった木の大きな橋が崩れ始め、その後流される際の荒れ狂う川をNHKは撮り続けた。山に囲まれた小さな村々の住民たちは、ヘリコプターが彼らを救出に来るまで、気がつくと完全に世界から切り離されていた。

孤立地帯の奥まった田舎が異常な気象現象の影響を最初に受けることは珍しくないが、今回は、都市部も例外なく洪水の被害を受けた。水没し、患者・職員・見舞い客たちが閉じ込められた倉敷の大病院の映像は間違いなく記憶に残るだろう。

老人たちは、ある人は車いすに乗ったまま自衛隊の舟で、ある人は担架に乗せられてヘリコプターで避難した。このような光景を目にするのは、まぎれもなく2011年の悲劇以来だった。田舎の小学校のまだ6歳の児童2人など、子どもたちも被害者の数に含まれている。

広島市近郊の熊野町は、ハリウッドのメイクアップアーティストも愛用する天然の毛を使った化粧筆「熊の筆」が手作りされている地であるが、AFPが月曜日に現地で撮影した映像によれば、ここも土砂により半ば壊滅状態となった。

広島工業大学の森脇武夫教授によれば、リスクがほとんどないと考えられていた場所でも土石流が発生し、専門家ですら想定外であった。

金曜日以来、青いL字画面がNHKテレビの画面を取り囲んでおり、常に避難指示と死者・行方不明者数が表示され、悲劇が続くことを引き続き想い起こさせる。

「時間との戦い」

被災者の救出は緊急を要し、安倍晋三首相の言葉によれば「時間との戦い」であるが、ふといくつかの疑問がよぎる。なぜこのような災害が起きたのか? このような結果をどう説明するのか? 避難命令が遅すぎたのではないのか? なぜ強制性のある避難命令ではなかったのか? 政府は責任を果たしたのか?

答えの要素はすでに提示されているかもしれない。被害の規模は、日本の住宅の構造で説明できる部分もある。家屋が木造で、山の斜面に建てられたものもあり、したがって豪雨が異常なレベルに達した場合には必ず土石流が起こるからである。

さらに、家屋が複雑に分散し、バラバラに建っていることすらあるという事実がある。数十人または数百人の住民しかいない町は、通常、到達可能な道路が一本しかないこともある。その道が断たれたら、到達することも人びとを救出することもできず、さらには、その人びとは高齢であることが多い。

住民の高齢化も、救助活動の深刻な足かせとなる。80代以上の人びとは、公的機関の情報だけでなく、役に立つ個人の発言も伝えるSNS上の情報を参照することにほとんど慣れていない。

日本政府は、気象庁が発表した警報に基づいて、その場を離れる避難勧告から、適用できる強制措置がないままの避難命令までにわたる指示を出す良いタイミングを計るのが難しくなることがますます増える。最終的には、避難するかしないか、するならどのタイミングかは、個々の市民が自己責任で決断することになる。

※ここの訳に全く自信がありません。原文は "des ordres d’évacuation sans cependant de mesures coercitives pour les faire appliquer"。「法的手続きとかをすっ飛ばしてとにかく強制的に避難させる」的な話なのか。文脈上、避難指示のいちばん強制的なやつという意味なのだろうとは思う。

批判される安倍晋三

日本列島でここ数年に起こった災害の年鑑を渉猟すると、日本において雨(とその結果)は、地震(ただし津波が発生しなかった場合)よりも多くの死者を出していることは明らかだ。広島は2014年に74名の命を奪う大規模な土石流を経験し、2011年の9月には2つの激しい台風によって引き起こされた被害によって、西日本で100人もの住民が命を失った。

気象庁の専門家は確かに「異常な状況」について口にしているが、今回においては、それは気候変動とは関係なく、極端な現象が常に起こるということは解っている。重要なのは、再発を予測することである。

もし日本人が、人命が危険にさらされている時に言い争うのを好まないとしても、それでも、インターネット上には、週末の間ほとんど安倍晋三首相が姿を現さなかったことにいら立っている人が多い。彼は土曜から月曜のあいだ、今回の件に関係する大臣と3つの会合に参加していたが、メディアの前に姿を現さなかった。極めて異例なことである。土曜日の時点ですでに状況は深刻であったにもかかわらず、非常災害対策本部は、公式記録で死者が30名以上に達した日曜日まで設置されなかった。

さらに、ネットユーザーたちはその2日間、首相が7月11日から18日のあいだに予定していた外遊を予定通り実施するのが果たして適切かどうか疑問視していた。安倍首相に常に厳しサイト lite-ra の、首相は「2日間放置しながら『時間との戦い』と大見得」と非難する記事にコメントするかたちで、ドキュメンタリー映画監督の想田和弘は、「首相はもはや自分が何をやっても主権者から罰せられないと感じているのだと思う」とツイートした

豪雨災害で安倍首相の対応がヒドい! 自民飲み会優先、対策本部立ち上げず2日間放置しながら「時間との戦い」と大見得|LITERA/リテラ

官房長官は月曜の午前にようやく、安倍晋三が「水曜日に出発の予定だった、ベルギー、フランス、サウジアラビア、エジプトへの外遊の中止を決定した」と発表した。

※当ブログ内の関連エントリー:

菅直人の脱原発フランス訪問に関する仏『ル・パリジャン』紙の記事を訳してみました。

伊藤詩織さんに関する『ル・モンド』紙の記事を訳してみました。

『ル・モンド』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

翻 訳:仏ル・モンド紙「福島:日本の司法、反原発運動家を訴追、東電を無罪放免」:"Fukushima : la justice japonaise poursuit les antinucléaires et blanchit Tepco", Le Monde, 12 septembre 2013

ル・モンド紙、震災と原子力ロビーに関する記事を翻訳してみました:「福島、罪深き沈黙」 "Fukushima, silences coupables", Le Monde, 26 Mars 2011


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