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伊藤詩織さんに関する『ル・フィガロ』紙の記事を訳してみました。

◯伊藤詩織さんに関する『ル・フィガロ』紙の記事を訳してみました。

 

伊藤詩織さんに関する『ル・フィガロ』紙の記事を訳してみました。

元記事:Régis Arnaud, "L’affaire de viol qui secoue le Japon ", Le Figaro, 28 Dec 2017

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。悩んだところが1箇所あります(詳細は、下記訳註参照)。

* * *

日本をゆるがすレイプ事件

権力に近い男性に暴行されたある女性ジャーナリストが、その事実を知らしめ、社会のタブーを糾弾するために戦っている。

レジス・アルノー(東京)

セクシャルハラスメントに反対するSNS上の世界的な動き#MeTooは、日本では「お前は違う」と翻訳されているのだろうか? 日本でニュースになっている「詩織さん事件」を見ていると、そう思えてしまう。ロイター通信で働く若手女性ジャーナリスト伊藤詩織は、5月の末、安倍晋三の伝記作家が2年前に彼女に薬を飲ませてレイプしたと公の場で糾弾した。この若い女性によれば、極右ジャーナリストとして有名な山口敬之とのレストランでの「仕事上の」夜の会食の途中に突然気を失い、数時間後にレイプされている最中に目を覚ます。この被害者女性によって提供された詳細は(レイプ犯と目されるこの男性は彼女に「パンツぐらいお土産にさせてよ?」と要求したようだ)、彼女の証言の信憑性を非常に高めている。

すると、所轄の警察署は、彼女に告訴を思いとどまらせることができないとなると、事件の捜査に取りかかり、証人に事情聴取を行う。担当検事は、捜査が終わると山口敬之の起訴を決定する。しかし、急展開が起こる。警察が空港で彼の逮捕に備えているとときに、これまた首相に極めて近しい刑事部長から出し抜けに一本の電話が入る。刑事部長は逮捕を中止し、数ヶ月後の驚くべき不起訴へとつながる。担当刑事は、日本の手続きの慣習とは極めて対極的なそのような決定が下されたことを認めている。

捜査過程での恥辱の数々

伊藤詩織が好戦的でなければ、事件はそこから進展していなかったであろう。山口敬之は、弁明の手記というかたちで、極右雑誌に記事を発表した。被害者として、伊藤詩織は、6か月の間、自分自身に関するこの事件の取材を続けながら事情聴取を受けた。「私はジャーナリストです。私の個人的な事件は全く重要ではなく、これで社会を変えることができます」と彼女は『ル・フィガロ』に説明する。彼女は、主要な関係者を見つけ出してはインタビューし、究極のタブーである自身の物語を週刊誌に発表し、顔を隠さずに記者会見を行い、自分自身の事件について公表した。刑事事件化が消滅すると、この女性ジャーナリストは、彼女を暴行したと目されるこの男性を民事で訴え、この事件を扱った国内外のメディアの取材に応えている。

伊藤詩織の前の勤務先であるロイターは、この事件を大きく取り上げることができたかもしれないが、この通信社は、訴訟のリスクがあるので沈黙したままである。伊藤詩織の元同僚は、「ロイターは訴訟のリスクを望んでいません。それに、世界の私たちの視聴者にとっては、これはひとつのレイプ事件に過ぎません」と認めている。

この女性ジャーナリストは、『Black Box』という本を出版したばかりだ。この本の中で彼女は、日本の捜査過程で受ける屈辱について、例えば、不信感、必要のない立ち入った質問、複数の警察官の前での空気人形を使ったレイプの再現などの恥辱について語っている。

東京でレイプされたフランス人女性の事件を担当したことのあるフランス大使館付きの元警務官は次のように明かす。「日本の警察官のレイプ事件への対応は、30年前のフランスの警察官のようです。私が関わった事件では、そのフランス人が薬を飲まされたことが彼女の責任にされました。今日では、このような訴えを受けたフランスの警察官は、まずは若い女性に同情的に接し、その後で初めて話の真偽を確かめます。日本ではそうじゃありません」。

詩織さん事件によって、安倍晋三政権下の日本の公的自由に衝撃が走る。とりわけ、彼女は日本の#MeTooの波の、あるいは日本社会の女性の地位、少なくとも性的暴力といった、非常に過小評価されている問題に関する波の端緒となった。

伊藤詩織は、男性よりも社会的地位の低い女性が告発の主体となることがめったにない社会に対峙している。彼女は、胸元までボタンの開いた普段着で記者会見をおこなったことをツイッター上で叱責された。「私と親しい人たちのなかには、私から離れて行ったひともいます」と彼女は明かす。マスコミは、ハラスメントを行ったと誤解して男性たちを非難する若い女性たちを「ハニートラップ」と連呼する

日本人女性たちはまた、社会における自分自身の地位について概して保守的な見方を共有している。伊藤詩織と同世代の女性たちの大半は「男性と一緒に食事をして食べるのが遅いと、まずは自分が悪いと思わなければならない」とこぼす。「日本人女性たちはマッチョです。彼女たちは、このような行動で苦しんでいる同じような女性たちに同情しません」と佐々木くみは嘆く。

この若く聡明な日本人女性は、学生時代に公共交通機関のなかでほぼ毎日のように体を触られる被害にあった受難についての著書 Tchikan(痴漢)をフランス語で出版したばかりだ。広く存在すると同時に隠れた社会現象だ。世界中がこの言葉を知っているにもかかわらず、被害者によって日本語で書かれた本は一冊もない。「私の本を批判してくるのは……この本の噂を聞きつけた日本人だけです。彼らは、私が日本のイメージを貶めていると思っているのです」。穏やかに暮らすためにフランスを選んだ佐々木くみは、口惜しく思っている。

※元の記事では "La presse s’est fait l’écho des « ho­ney trap », ces jeunes femmes qui ac­cusent à tort les hommes de harcèlement." そのまま訳すと「マスコミは「ハニートラップ」と連呼する。ハラスメントを行ったと誤解して男性たちを非難する若い女性たちのことである」となり、事実と違うと思います。

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