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2017年9月

東京圏民放AMラジオ局2017年秋の番組改編:まとめ&コメント※随時更新

○東京圏民放AMラジオ局2017年秋の番組改編:まとめ&コメント※随時更新

 

改編です。

TBSラジオ2017年秋の新番組情報!
 番組表:TBS RADIO 954 kHz 週間番組表

文化放送 2017年 秋の改編番組のご案内
 A&G番組情報 | 超!A&G 文化放送
 番組表:AM1134kHz 文化放送 JOQR

ニッポン放送 秋の新番組のご案内 | ニッポン放送 ラジオAM1242+FM93
 番組表:AMラジオ 1242 ニッポン放送 番組表

○ラジオ日本(改編特集ページなし)
 TOPICS|ラジオ日本 AM1422kHz
 番組表:タイムテーブル | ラジオ日本 AM1422kHz

* * *

以下、ひとことコメントなど。

TBSラジオ2017年秋の新番組情報!

ひとことコメント

個人的には、「さかなクンのレッツ・ギョ~!!」(月21:30-22:00)に注目です。もちろん、さかなクンさんの新番組ということもあるのですが、出演者のなかに「鶴間正行(構成作家)」の名が! 鶴間さんが「男性アシスタント」としてレギュラー出演です!……何の話かわかった人は、オレと同世代。コサキンのリスナーだった人もうれしいでしょう。

もうひとつうれしいのは、「神田松之丞 問わず語りの松之丞」(火~金19:30-19:40)が復活。春は期間限定で週イチの30分番組でしたが、今回は火~金で10分づつの放送。このパターンで小沢昭一的に長く続くというのも悪くない気がする。

改編情報ページ掲載番組

 

文化放送 2017年 秋の改編番組のご案内
A&G番組情報 | 超!A&G 文化放送

ひとことコメント

今回は、放送時間の短い新番組が多数。景気が悪くなると、普通は長尺の番組が増えがちですが、何か戦略があるのでしょうか?

気になるのは、「渋谷×文化ラジオ」(火~金19:00-21:00)火曜日の「サンキュータツオと渋谷らくご」。「「渋谷らくご」の音源をオンエアしながら、落語の世界を分かりやすくご案内」とのこと。

改編情報ページ掲載番組

  • 「ココロのオンガク ~music for you~」(月~金18:45-19:00)
  • 「久間田琳加 りんくま*めがへるつ」(月23:30-23:45)
  • 「渋谷×文化ラジオ」(火~金19:00-21:00)
  • 「DASH!アミーゴ1号2号」(火~金18:00-18:45)
  • 「MOROHAの! オニヤンマ獲りにいこうぜ!」(火21:00-21:30)
  • 「昌也・雄馬のG・A・P」(金25:00-25:30)
  • 「森井じゅんのGOOD MONEY!」(土6:35-6:45)
  • 「須田慎一郎のこんなことだった!!誰にもわかる“経済学”」(土17:30-17:45)
  • 「西田あいのおしゃべり♥あいランド」(土17:45-17:55)
  • 「ダッシュまさいち 中6日!」(土17:55-19:00)
  • 「スポスタ ☆ MIX ZONE」(日15:00-16:00)
  • 「峰竜太とみんなの信州」(日18:30-18:45)

 放送時間変更

 

ニッポン放送

ひとことコメント

「オールナイトニッポンPremium」(月~金19:00-20:50)。オールナイトニッポン50周年ということで、往年の人気パーソナリティーが登場。

10月~12月は:

木曜にデーモン閣下が登場! 友だちに勧められて初めて聴いた「オールナイトニッポン」はデーモン閣下でした。デデデデデーモン、がんばって!

「来年1月から3月までは、X JAPANのToshi、鴻上尚史、miwa、バカリズムが担当することが決定している」とか。

ひとつのブランドが長く続くということには意味があるなぁと実感。

「オールナイトニッポン」というブランドが50年続いているのは、タイトルに何の思想も時代性も含まれていないからかもしれない。「夜通し放送しているニッポン放送の番組」ということをそのまま言っているだけで、だから古くならない。

シェイクスピア『真夏の夜の夢』からの引用である「パック・イン・ミュージック」はタイトルとして主張が強すぎるし、「セイ!ヤング」は21世紀的にはキビシイ。

改編情報ページ掲載番組

 

ラジオ日本

ひとことコメント

ナイター・オフに改編情報ページがないのは昨年と同じ。

改編情報ページなし

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無料の録音・編集ソフト Audacity で radiko をタイマー録音しよう。

Macに初めから入っている音楽制作ソフト GarageBand で radiko を録音しよう。


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『ル・フィガロ』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

◯『ル・フィガロ』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

 

『ル・フィガロ』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

元記事:Thomas Romanacce, «Dans un coin de ce monde, superbe chronique du Japon avant la bombe», LE FIGARO.fr, 06/09/2017.

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。

記者の方の苗字 Romanacce はイタリア系の苗字のようなので、イタリア語風に「ロマナッチェ」しましたが、ひょっとしたらフランス語風に「ロマナッス」かもしれません。

* * *

『この世界の片隅に』、原爆投下前の日本のすぐれた年代記

トマ・ロマナッチェ


 

インタヴュー - 日本の第二次世界大戦。爆弾の下で、すずとその家族と大勢の日本市民の生活は続く。映画人・片渕須直は、大東亜の天皇が降伏する前の日本の日常についての彼の見方を私たちに語る。

片渕須直の映画『この世界の片隅に』は、2017年9月6日にフランスで公開されるが、日本の第二次世界大戦時の日本の市民の日常に観客をテレポートさせる。アヌシー国際アニメーション映画祭で審査員賞を受賞したこの長編映画では、若いすずの成長が描かれる。突然、軍関係者と結婚したこの女性は、呉の義理の家族の家で暮らすために生まれ故郷の広島を離れる。日米関係がますます険悪な道をたどるのに対して、この若い女性は、普通の存在として生きようとする。戦争の恐怖にかかわらず楽天主義と生活を声も高らかに歌うこの長編映画では、とても控え目で愛らしいすずの行く手にいくつもの障害が立ちはだかる。忍耐と、絵と家族に対する愛とのおかげで、彼女はいつも最後には打ち勝ってゆく。すべての登場人物に影響を与え、感情的な結末へと導く、決定的だが避けることのできない原爆投下と降伏の瞬間まで、観る者は、ヒロインの物語を通じて、大きな歴史を生きる。映画人・片渕須直が『ル・フィガロ』に明かす。『この世界の片隅に』を日本だけでなく国際的な成功に導いた、作品の誕生秘話、制作の過程について語る。

ル・フィガロ ——『この世界の片隅に』は、こうの史代の同名マンガの映画化です。映画化に当たって、この作品の中で監督が最も興味を引かれた点は何ですか?

片渕須直——こうの史代さんの仕事のなかで私が評価しているのは、歴史的な細部の繊細さです。彼女は、第二次世界大戦の時代の日本人の日常生活を際立ったリアリズムで描いています。私を『この世界の片隅に』の映画化に後押ししたのは、ほかでもなく、この物語のヒロインのすずさんです。彼女は等身大の女性で、あの時代の日本人の生活様式を象徴していて、そして彼女は、人間性が複雑でたくさんの顔をもっているという意味で、他のアニメの登場人物とは違います。戦時中の困難を乗り越え、絵の特別な才能を発揮できないこの主婦を支えてあげたいと思います。彼女が戦争の様ざまな出来事を乗り越えるときに、私も実際、彼女のために泣きました。私たちも普通の人生を送っているのですから、私たちとあの時代の日本人のあいだにはつながりがあるということを私は見せたかったのです。戦時中の人たちも、楽しんだり、恋をしたり、お腹いっぱい食べたりすることを考えていました。さらに、この長編映画が日本の劇場で公開された後に、観客のかたたちは、ヒロインのことを単に「すず」と呼ぶ代わりに「すずさん」(「さん」は、ちゃんとした場で使われる敬称)と呼び続けていました。彼らにとっては、この登場人物が彼らの現実の中でまだ生きていたからです。

ということは、日本のこの決定的な時代を新しい世代に向けて蘇らせることが目的ですか?

私は、特に若い観客をターゲットにするつもりはありませんでした。それ以外に70〜80歳のあいだの高齢の人たちも大勢映画を観に来てくださいました。戦争を実際にご存知のそういう観客の方がたもこの長編映画に心を動かされて、劇場を出たあとで集まって、自分自身の逸話や、苦しかった時代の日常生活を語ったりなさっていました。『この世界の片隅に』を観て、より若い人たちには、自分の国の過去について知りたいと思うようになりました。今の便利さからはかけ離れたように見える過去をです。作品を可能な限りリアルにするために、膨大な歴史的調査を実施しました。私たちがあの時代の収集可能なあらゆる写真を集めて仕分けしつつ、日本人の服装の様式や街灯の再現に使ったり、おぞましくも美しいアメリカの飛行機の着色発煙弾について発見したりしました。
※記事では、«des fumigènes colorés des avions américains»(アメリカの飛行機の着色発煙弾)となっていますが、実際には「日本の高角砲の着色弾」が正しいようです。

スタジオMAPPAに参加したのはなぜですか、また、クラウドファンディングを利用したのはなぜですか?

このプロジェクトを立ち上げようと考えたとき、私の希望や創作を全く自由に表現させてくれる環境が欲しかったのです。それが、高いクオリティーと他社とは全く違ったアニメーションのビジョンを最優先するスタジオMAPPAに私が参加した理由です。スポンサーたちは及び腰で、過去の実在する日本アニメの名作とは違った映画に出資するように説得しなければなりませんでしたので、スタートは困難でした。クラウドファンディングでは、長編作品の資金を集めるには十分ではありませんでしたが、観客は歓迎していること、アニメ化されたこの物語を観たいと思っていることをプロデューサーたちに証明するには十分でした。結果はむしろ並外れたもので、ネットユーザーが大勢このプロジェクトに参加してくれて、私たちはパイロット・フィルムを作ることができました。プレス試写は満席でした。記者の大半は、会場を離れることもできませんでした。劇場経営者の方たちは『この世界の片隅に』に対して好意的に取り組んで下さり、この映画の公開館数は63館から370館になりました。すずさんという登場人物は日本中を魅了し、『キネマ旬報』(日本で最も権威のある映画誌)は、もしこの映画が配給できないのなら「日本に取って大きな損失だ」と言ってくれました。

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ロサンゼルス・タイムズ紙のケネス・トゥーランによる『この世界の片隅に』評を訳してみた。

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『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

◯『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

※訳注を付けました。(2017年9月16日)

 

『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

元記事:Sunao Katabuchi : «Le but d’un film d’animation, c’est d’accéder à une réalité qui nous échappe», Liberation.fr, 6 septembre 2017.

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。

* * *

片渕須直「アニメーション映画の目的は、私たちが見逃している現実にたどり着くこと」

モーリス・シャピュイ

日本の映画監督が、広島の若い主婦の人生についてのマンガのアニメ化である『この世界の片隅に』の制作を振り返る。広島の港町に暮らし日本の主婦の日常生活を注意深く再現し、同時に戦時中には歓迎されない想像力を押し殺そうとする女性を描いた『この世界の片隅に』は、繊細さと甘くて苦いトーンが際立ったマンガ(現在 Kana から発売中)を絶妙にアニメ化した作品である。『リベラシオン』は、現在威57歳で、今作が彼の長編作品の3作目となる、監督・片渕須直に話を聞いた。80年代に宮﨑駿と高畑勳の傍らで開始したテレビシリーズでの人知れぬ長い経歴をもつ人物。マンガ家・こうの史代の精神・視覚的実験への欲求(口紅で絵を書くなどの)への共感、自立したヒロイン像の飽くなき探求、『魔女の宅急便』をめぐるかつての遺恨について語る。

—雲というモチーフは、日本のアニメーションでは頻繁に用いられるものです。宮﨑作品、細田守作品、あなたの過去の映画ででもそうです。今回の作品でも、雲は、若い娘が空を物憂げに見上げるオープニング・クレジットと、爆弾が広島に投下される映画のクライマックスにも登場しますが……。

多くの場合、空と雲は自由、自由の約束の象徴です。『この世界の片隅に』冒頭のクレジットで、雲は、地面から見たものであることに気付くでしょう。これは、例えば宮﨑監督の映画の雲の場面とは根本的に違います。この場合、雲に手は届かないし、雲は遠くにあり、奪われた願望の対象なのです。クレジットといっしょに、すずさん(主人公)のもとを離れてゆく自由の到達不可能な性質を補強する悲しい音楽が流れます。2010年の映画の準備開始から、どのようなオープニングにしたいかハッキリ解っていました。そこでは、視点は地面に固定されていて、この若い娘は雲に手が届かないし、目をそらすこともできないことが解ります。この映画は、空が解放の象徴として登場するすべての日本映画へのアンチテーゼです。まずは、私の前作『マイマイ新子と千年の魔法』を例にとりましょう。この作品では、主人公である幼い女の子の想像力を通して、雲の上からの視点で見るシーンがありました。この場合の雲は、想像力が非常に豊かで、夢想するにはかなり重苦しいコンテクストに縛られた登場人物の目から見たものです。そのことは、戦争が始まれば、想像力も無力だということを示しています。それは、私にとってとても大事なテーマです。つまり、想像力は何を救うことができるのか、そして、人はどのようにして大人になるのか? それは『アリーテ姫』[編註:2000年の発表以来、フランスでは未公開。@AnimeからBlu-rayが近日発売]以来、私の映画の中で繰り返されます。

—『この世界の片隅に』は、そのような緊張感で、建築物や日常のしぐさの綿密な再現や、良き妻になり、義理の家族になじみ、忠実な市民になるために、はるかなる幻想を呼び起こすことで自分を抑制しなければならないすずを通じて、非常に高度なリアリズムの世界へ旅立ちます。

すずさんは、想像力豊かな若い女性です。このように幻想を呼び起こすことは、彼女にとって、戦争から逃がれ、現実逃避する手段です。しかし、そのことは、その時代にとっては許容できないもので、戦争によって犠牲になるものです。彼女の想像力は、絵というかたちでふんだんに登場しますが、義理の家族には決して見せません。すずさんの妹だけが絵を見ることができます。現実には、戦争は進行し、絵に描けないほど激化しています。おそらく、最終的には、この想像力の必要性は大した役には立たない……。いずれにしても、彼女は自分の想像力にどんな意味があるのか分からない。そこには、私たちの存在にいったい何の意味があるのかという自問へ導く一種の問いかけがあります。しかし、おそらく、すずさんは、平和になっても自分に同じ問いを投げかけることになるでしょう……。

—あなたが、映画の中で、かなりの長い間、戦争を遠くのものとして描いている間、1時間以上の間、戦争は、遠くの爆音や配給票やプロパガンダというかたちでのみ登場します。しかし、これは、従属させられるひとりの女性の運命ですよね……。

まったくその通りです。この描写は、戦争の10年前でもまったく当てはまるでしょう。

—監督は、細部に多大なる注意を払っているように見えます。

アニメーション映画の目的は、私たちが見逃している現実にたどり着くことです。私は、旅をするために、たどり着くことのできない場所を訪ねるために、新しい日常を発見するために監督になりました。私自身の想像力は、その目的に達するには必ずしも十分ではありません。『マイマイ新子と千年の魔法』では、映画のある部分は封建時代以前の日本で展開します。というのも、私自身が、時代をさかのぼってその時代を訪れてみたいと思っているからです。それはタイムマシンです。さて、私は必ずしも1945年に飛び込んでみたいとは思っていませんでしたが、その時代の人びとのことを知りたい、彼らの暮らしや環境がどんなだったか見てみたいと思っていました。この場合、想像に意味はありません。事実と細部が必要です。

—映画の原作マンガを描いた、こうの史代さんと資料を共有をしたりしていますか?

私は、『マイマイ新子と千年の魔法』を監督するために、たくさんの資料を調べましたし、たくさん旅もしました。そして、マンガ『この世界の片隅に』を見つけたのは、まさにその旅の途中です。その本はその数年前に出版され、かなりの好評を得ていました。その作者・こうの史代さんは、『夕凪の街 桜の国』を完結させていました。この作品は、ヒロシマ以降の日常を扱っていて、マンガの質の高さを見もしないでしつこく批判する人たちがいましたが、これまでのものとは全く違った作品でした。彼女は、この本が膨大なエネルギーを要したのに対して、そのような受け止め方をされたことに非常に苦しみました。彼女は非常に傷ついて、回復のために数年のあいだ休業するほどでした。無気力に直面して、彼女はすべての資料を箱にしまって、原稿の何枚かは折り紙にして、折り鶴にするほどでした。そんな時ですから、2011年にやっとお会いできた時には、資料を見せてくださいとはとても言えませんでした。映画の制作が始まって1年近く経っていたというのに……。でも、おそらくそれが良かったのか、本を読みあさったり、その時代にかかりっきりになったりして、自分自身で調査を始めることになりました。例えば、映画の冒頭に出てくる街並はマンガには出て来ません。

—戦争が始まる様子がとても具体的なシーンもあります。すずが警報を聴いて、高角砲が稼働し、そして飛行機の海が現れる。そのような恐怖の瞬間に直面して、すずの幻想が発揮され、彼女は薔薇色や青や黄色の爆発を目にして、マンガには出てこない台詞をつぶやきます。「ここに絵の具があれば……」。

実際、あの色は幻想では全くありません。マンガは白黒なので見えませんが、飛行機の煙にはちゃんと色が付いていました。軍隊は、どの飛行機が撃ったかを知るために色を付けていました。映画に出てくる呉の空襲を目撃した人たちは、空が色とりどりになったとおっしゃっています。それに加えて、アメリカの爆撃機のひとつ・B29の銀色の煙の美しさを褒めたたえる人もいました。このシーンとすずさんの口を通して私が語らせた言葉は——そのフレーズはマンガには出て来ませんでしたから——あのようなものになりました。美意識には良いも悪いもないのです。美意識は日常生活の対極にあるものですし、限界もありません。これは、私がさっき言ったことと矛盾しているように思えるかもしれませんが、あの時代、戦時中には、人びとはグレーな世界を生きていました。そしてその時代の苦痛にもかかわらず、爆弾や荒廃にもかかわらず、こうのさんは、生活の回帰と日常生活の美を褒め讃えています。
※訳註:記事では「飛行機の煙」(la fumée des avions)、「どの飛行機が撃ったかを知るため」(pour savoir quel avion tirait)となっていますが、実際には、色が付けられていたのは「高角砲の煙」で、「どの砲が撃ったかを知るため」が正しいようです。ちなみに帝国海軍では、高射砲のことを「高角砲」と呼んでいたそうです。

—すずの想像力は、こうの史代の原作でも、画像のインサートとして登場します。これを映画にするのは難しかったでしょうか?

はい、マンガの『この世界の片隅に』は、考えられるよりもはるかに実験的です。すずさんが爆撃の時に失った右手の人生を想像するすべてのシーンを、こうの史代さんは口紅で描いています[訳註:描画が太く、荒々しい熱っぽさを帯びている]。事故後、右手を失ったショックを具体化するために、こうのさんの描画は、不安定で、ほとんど不器用なくらいになります。そこでは、すべての背景が左手で描かれているのです。彼女は、それを出版可能な範囲に留めることができるぐらい熟練していましたが、なんと勇気のあることでしょう! したがって、私も同じように、作画担当者たちにこのシーンを左手で描くように頼みました。実験に対するこうした欲求でも、私はこうの史代さんに引きつけられました。もし長編アニメーション映画でも実験的になることができないとしたら、エンド・クレジットは同じように口紅で描かなければならなかったでしょう。まぁ、どうか最後まで待っていてください。

—この映画を監督した環境について、他にも振り返って頂けますか? 今作は、スタジオMAPPA初の長編作品で、日本のアニメーションでクラウフドオファンディングを使った珍しい例だと思います。

戦争についての映画をつくりたい、主人公は主婦だと説明した時、スポンサーは集まりませんでした。高校生のヒーローが出てくる映画をつくるほうがはるかに簡単です。しかし、観客の考えは映画業界とは違っていて、クラウドファンディングで目標額の倍の金額を集めることに成功しました。それでも小規模なスタートでした。わずか4人、数平方メートルのアパートでのスタートでした。クラウドファンディングではプロジェクト全体の10%しか集まりませんでしたが——それだけでまかなえるとも思っていませんでしたが——それはプロジェクトに信用を与えました。そして最終的に、映画は非常に好評で、アニメになじみのないかなり高齢の観客の心にも届きました。スタジオMAPPAは、この映画のために作られたと言ってもよいぐらいです。『この世界の片隅に』の前にいくつもか連続アニメを発表していましたが、この映画の制作に堪えるために、かなりの組織固めをしなければなりませんでした。
※記事では <<Les producteurs>>(プロデューサー)ですが、日本の他の記事では、この話のこの部分は「スポンサー」になっているので「スポンサー」を使いました。

—演出補佐としてクレジットされている『魔女の宅急便』についてお話し頂くことはできますか? 宮﨑駿監督が再度手がけることになる前は、もともとあなたが監督する予定でした。

宮﨑さんとの付き合いはとても長く、スタジオジブリ設立以前はよく一緒に仕事をしました[編註:ふたりは『名探偵ホームズ』で一緒に仕事をし、片渕は宮﨑のもとで長きに渡って脚本家を務めた]。しかし、私たちふたりは、まったく違うタイプの監督でしたし、ある時点で、私は自分の道を進まなければなりませんでした。『魔女の宅急便』については、宮﨑さんは立ち上げの時点ではまだ監督ではありませんでした。この作品で、私を監督に指名したのは宮﨑さんです……。しかし、何らかの理由で、宮﨑さんは、自分が監督しなければならないと感じました。でも、もし『魔女の宅急便』の物語が、自立を獲得する幼い女の子の話ならば、私にとって全くなじみのない話というわけじゃない(笑)。その物語と、『アリーテ姫』から『この世界の片隅に』までその後私が語って来た物語とのあいだにはつながりがあります。そして、『魔女の宅急便』制作のあいだに、監督以外の立場で仕事をするのはこれが最後だということがハッキリしました。その結果が『アリーテ姫』で、2000年に公開されました。私自身の作品を監督して独り立ちするまで10年以上かかりましたが、自立するとはそういうことです。

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『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

◯『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

 

『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

元記事:Marius Chapuis, « «Dans un recoin de ce monde», le songe d’une vie gâchée », Liberation.fr, 5 septembre 2017.

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。

* * *

『この世界の片隅に』:台無しにされた人生の夢

モーリス・シャピュイ

このすばらしいアニメーション映画で、片渕須直は、戦時下日本における夢想家とは何かを問うている。

細心の注意を払って町や建物や時代やそこに生きる人々の仕種を忠実に再現している『この世界の片隅に』は、単なる自然主義の名作映画に見えるかもしれない。しかし、この映画は、それ以上にはるかに野心的な映画である。もちろん、百貨店のひとつひとつの店構えの細部は素晴らしく、片渕須直監督は、あのリアリズムに到達するために資料を何箱も何箱もひっくり返した。しかし、このことによって忘れてしまうかもしれないが、この映画がとりわけ人の心を打つ理由は、映画を貫き、映画に命を与え、同じように若いすずの心を揺さぶった情熱的な疑問である:夢が何かの役に立つのか、兵器の音が轟く中で想像力に何の価値があるのか?

ゆえに、『この世界の片隅に』は、優しく若い男性と思春期の終わりに結婚し、呉の港町の義理の家族のもとに嫁ぐ、繊細なすずの運命に焦点を当てている。その地には、大日本帝国が誇る戦艦大和が停泊している。1944年夏のことである。かくして、彼女はそこから遠くない広島にいる家族のもとを離れる。礼儀正しく、穏やかで、不器用なすずは、スケッチブックを手に散歩したり、天井を見て思いにふけるのが好きだったが、その後は、(未来の)家族の期待に応じなければならなくなる。着物を縫ったり食料不足のなか食事の支度をすることのできる、責任ある主婦の役割を担うことである。戦闘はまだ遠くにあるが、爆音や、返事のない手紙や、配給は、戦闘を必ずしも遠くに押し留めておくことができないことを示している。ひとつ確かなことがある。そのような時代がまさに夢想家を生み出すということである。

不満も叫び声もなく展開する個人的な戦いを通して、やさしくのんびりしたこの映画は、息をのむ瞬間とは無縁の生活が過ぎてゆくのをとらえている。片渕は、登場人物に語らせる代わりに、海苔を摘んだり、豆を煎ったり、米を膨らませたりする仕種に語らせることに時間を割いている。ただしそれは、戦争の開始が告げられ、丘のまわりにアメリカの爆撃機が表れるまでのことである。最初の爆弾の雨が降り、緑や青や赤い爆発で空が震えるとき、すずは、そんな恐ろしい美しさに身を固くしながらこう呟く。「ここに絵の具があれば……」。

この映画の素晴らしさは、戦時中の具体的な戦争の戦争が行われている場所を見事に見せると同時にありのままに見せる手法にある。オープニング・クレジットで、片渕は、日本のアニメーション映画ではこの上なくおなじみのモチーフである雲を見せている。「たいてい、空と雲は自由の象徴です。しかし、あの場面では、地面から見た雲です」と監督は説明する。「これは、例えば宮﨑監督の映画の雲の場面とは根本的に違います。雲は奪われた願望の対象なのです。すずさんは地に縛られていて、彼女は雲に手が届かないし、目をそらすこともできないことが解ります。『この世界の片隅に』は、空が解放の象徴として登場するすべての日本映画へのアンチテーゼです」。空が広島に暮らす人びとを裏切ったあの8月の午後が否応なく物語る思いである。

※元の記事の記述:"cet après-midi d’août où le ciel a trahi les habitants d’Hiroshima"

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『ル・モンド』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

◯『ル・モンド』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

※ご指摘頂いた誤訳、見直して発見した誤訳をいくつか修正しました(2017年9月8日)。

 

『ル・モンド』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

元記事:Mathieu Macheret, <<« Dans un recoin de ce monde » : les rêveries d’une ménagère dans un Japon en guerre>>, Le Monde.fr, 06.09.2017.

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。なお、タイトルや小見出しは、原題を尊重しつつ、タイトル風に意訳しています。

* * *

『この世界の片隅に』:戦時下日本の主婦の白昼夢

小さな物語と大きな歴史を混ぜ合わせる片渕須直のアニメ映画

マチュー・マシュレ

『ル・モンド』からのアドバイス——見逃してはならない

日本のアニメーションの大きな力のひとつは、そのリアリズム的なアプローチであり、それは空想を描写する場合にもおよぶ。その点で、アヌシー国際アニメーション映画祭の審査員賞受賞作である『この世界の片隅に』という長編映画が最も際立っているのは、1930年代から原子爆弾投下後の1945年の降伏までという、日本史の運命の13年間を、ひとりの控えめな女性という存在、ひとりのぼんやりとした若い妻を通して振り返る強烈な野心においてである。

漫画家・こうの史代の漫画を原作とするこの映画は、57歳の控えめなアニメーターであり、例えば宮崎駿や大友克洋の演出補を務めた、片渕須直の最新監督作である。彼はいくつかの知られざる作品を手がけており、そのなかには、おとぎ話の世界をフェミニスト的に再解釈した、難解な『アリーテ姫』(2001)(フランスでは、今はなきヌーヴェル・イマージュ・デュ・ジャポンで公開された)や、戦後の日本の幼い少女の千年におよぶファンタジーを描いた『マイマイ新子と千年の魔法』(2009)がある。

困難な制作と長い期間を要する、時には徒労すれすれの知的な要求ゆえに、片渕の映画は制作費の節約が求められる。『この世界の片隅に』も例外でなく、クラウド・ファンディングに頼らざるを得なかった。

細心の注意を払った再現

物語は、伝記的な年代記の長い過程を通して、テンポよく、夢見がちな若い娘・すずが大人になるまでの経過の時を刻んでゆく。彼女は、広島の近くの村で海苔漁師の家族とともに倹約と労働の日々を送り、絵を描くことへの情熱を培う。

お見合い結婚によって、彼女は、軍港・呉で新しい家庭をつくるために家族と離れることになる。すずは、不器用でぼんやりしているものの、新しい生活や、見知らぬ夫(軍の法務事務官)や、必ずしも助けになるとは言えない義理の父母や、課された家事に適応するために全力を尽くす。労働と日々が過ぎてゆき、戦争の帰結(戦時統制、空襲、死傷者)がどこよりも色濃くなってゆくこの戦略都市に、日常と混乱が積み重なってゆく。

この映画は、集団的運命と家族の危機をさりげなく結びつけている。

この映画は、最もありふれた行動や家事や感情を初めとする小さな物語と、大きな歴史とを結びつける驚くべき力を持っている。そのために、片渕は、細心の注意を払った再現作業の準備を行い、時代設定(広島の街並み、家庭内のインテリア、周囲の自然)だけでなく、とりわけ日常の感情や話題にもに注意を払う。例えば、配給が制限されるなか、すずがふんだんな創造性を駆使して義理の家族に料理を作り続ける名シーンでは、事細かに材料や調理の手順を説明する演出がなされている。このように、戦況が、集団的運命と家族の危機をさりげなく結びつけながら、寓話として具体化される。

甘くて苦いトーン

丹念に、そして甘くて苦いトーンで、戦時下のひとりの若い主婦のおかれた状況を追いながら、片渕は、女性に課せられた犠牲・制約・義務を注意深く吟味しつつ(すずは自分が選んだわけではない男性を愛するようになる)、歴史を遡ってフェミニスト的な感受性を掘り下げる。それにもかかわらず、シンプルだが立体的な人物描写は、終始子どもっぽい性質を保ちつつ、歴史ドラマの型にはまった重々しさを回避している。

すずは、時には現実を夢ような色彩で描くおっちょこちょいな少女として、ユーモアたっぷりに描かれる。時代の恐怖からの逃避と見るべきではなく、戦争の物語を世界に対する美意識——画家であるすずの美意識——に置き換え、最悪の惨禍を乗り越えることを可能にする方法と見るべきである。

それ以外の部分では、この映画は暴力を包み隠したりせず、港町を襲う爆撃が間髪を入れず繰り返されることで、暴力の度合いは増してゆく。恐怖が爆発する瞬間に、片渕は、抽象的な物を具象的なスタイルに一時的に置き換え、ある一節では表象不可能な物を表現することを可能にしている。このように、『この世界の片隅に』は、大仰な見せ物になることを絶対に拒否している点で異彩を放っており、日常生活の忍耐の中に世界に対する揺るぎない愛の秘密を見いだしている。

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『ELLE』誌フランス版の『この世界の片隅に』のレヴューを訳してみました。

◯『ELLE』誌フランス版の『この世界の片隅に』のレヴューを訳してみました。

 

『ELLE』誌フランス版の『この世界の片隅に』のレヴューを訳してみました。批評というよりは紹介という感じ。とても短いです。

元記事:Hélèna Villovitch, <<Paradis perdu: Merveille du cinéma japonais, <<Dans un recoin de ce monde>> reconte la vie d'une jeune fille avant l'explosion de la bombe de Hiroshima>> ELLE france, 1 septembre, 2017.

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。なお、タイトルは、原題を尊重しつつタイトル風に意訳しています。

* * *

失われた楽園

日本アニメの傑作『この世界の片隅に』は、広島の原爆投下以前の若い女性の人生の物語

エレーナ・ヴィロヴィッチ

もし、あなたが日本のアニメ映画に対して未だに偏見をもっているのなら、この映画はその偏見をすぐに忘れさせてくれるだろう。この映画には、ロボットもモンスターも出てこなければ、お涙頂戴もない。『この世界の片隅に』は懐かしさを感じさせる傑作であり、伝統的日本映画の巨匠・小津の作品を思わせる。最初のいくつかの映像から、片渕須直が私たちに見せる世界は破壊されることになるのだとわかる。実際、私たちは1944年にいるのである。それは、若いすずが結婚のため広島と家族から離れる時である。彼女が夢のように生きることになる時代である。「ぼんやりしとりますけえ、みんな夢だったのかもしれん」。すずは映画のあるシーンで語る。彼女の視点を通して、現実が描写されたり、着物の美しさや幼き日の友情の喜びが私たちの目に浮かんだりする……。飛行機が爆発するとき、すずには空に絵の具が見える。一人称視点は、この惑星の片隅で、世界で最もおぞましいものを増幅して見せることもできるのである。

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『ル・フィガロ』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

 


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ロサンゼルス・タイムズ紙のケネス・トゥーランによる『この世界の片隅に』評を訳してみた。

◯ロサンゼルス・タイムズ紙のケネス・トゥーランによる『この世界の片隅に』評を訳してみた。

 

ロサンゼルス・タイムズ紙のケネス・トゥーランによる『この世界の片隅に』評を訳してみました。

元記事:Kenneth Turan, "A well-ordered world is upended in the exquisite 'In This Corner of the World'", Los Angeles Times, August 10, 2017

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。なお、タイトルは、原題を尊重しつつタイトル風に意訳しています。

* * *

映画評 『この世界の片隅に』。秩序ある世界が一変する様子を描く秀逸な作品

ケネス・トゥーラン

『この世界の片隅に』は、その言葉の響きどおり心地よい作品だ。その心地よさが終わるまでは。

アヌシー国際アニメーション映画祭の受賞作であるこの日本の長編映画は、地味な傑作であり、片渕須直による脚本・監督の、驚くほど胸を打つ日常の叙事詩である。片渕は宮崎駿の弟子で、この巨匠の『魔女の宅急便』で演出補を務めた。

片渕は、労を惜しまずに日常生活の美しさと静かな詩情を恭しく賞賛し、そのすべては気付かぬうちに第二次世界大戦中の平均的日本人の忍耐と犠牲に捧げる作品へと変わってゆく。

実際、労を惜しまなかったことは、作品の半分どころの話にとどまらない。というのも、片渕はこの物語の細部の調査に6年を費やし、細部を正しく作画する裏付けのために、1945年の原爆で中心部が破壊された広島と、その隣の呉の写真を4000枚以上集めた。

こうの史代の漫画が原作の映画『この世界の片隅に』は、人の心に訴える映像で、細心の手つきでまるで写真のようにリアルに織りなされ、最もありふれた状況の中にひそむ魔法を描いている。

せかしはしないが観客を巻き込んでゆくこの作品は、1933年から1946年の日本へのタイムスリップでもある。誰も頼みもしない戦争が人びとの生活を完全に一変させても、お互いをいたわり合う秩序ある世界に私たちはさりげなく浸ることができる。

この物語の原動力は、内気な少女として登場したそばから自分のことを「昔っからぼんやりしとる」と語るすず(のん)である。

日常生活の中でお化けに出会ったりするすずは、周囲の人たちからは取り立てて特別なところのない子どもとして扱われているが、私たちは彼女の中に他の人がもっていないものを見いだす。

広島の海辺で暮らし、海苔を摘んだり干したりして生計を立てる家族の子どもであるすずは、絵を描くのが大好きだが、思いを寄せる少年から鉛筆をもらったことが大事件であるほど貧しい空想ずきな少女として育つ。

これら序盤の段階ですら、すずの生活の日常性に片渕監督は重きを置いている。私たちはこの若い女性が色々なお菓子の値段を見たり、祖母や祖先の墓を訪れたり、妹を笑わせるお話を作ったりするのに寄り添うのである。

すずは、自分の世界に入り込むあまり、会ったことも憶えていない青年・周作(細谷佳正)から求婚されて驚く。周作のプロポーズを受ける前、すずは妹に「うちは大人になるらしい」と言う。

すずは呉の夫の家族に嫁入りする。そこでは、周作を含めて、皆が帝国海軍で働いている。そして、お見合い結婚ではあったが、すずと周作は、お互いに引かれ合うようになる。

本能的に働き者のすずは、細かく描写される終わりのない炊事洗濯などの家事に来る日も来る日も追われるようになる。周作の横柄な姉・径子(尾身美詞)が登場すると、これを上手く切り抜け、径子の幼い娘・晴美(稲葉菜月)といとおしい絆で結ばれる。

戦争と戦争による窮乏がひとりひとりの生活を支配するようになると、すべてが激しさを増してゆき、すずは、極端に少ない配給や民間防衛講習会、面白くも恐ろしいあるシークエンスでは、差し出がましい憲兵からかけられたスパイ容疑の濡れ衣などに対処せざるをえなる。

昔の侍が米を長持ちさせるのに使った策を講じ、「なんでも使って暮らし続けるのがうちらの戦いですけえ」がすずのモットーとなる。私たちは銃後の方はどのような状態であったかをごく稀にしか目にすることがないので、この感覚は魅力的でもある。

戦争が本土に近づき、アメリカの爆撃の頻度が増してくると、『この世界の片隅に』のトーンは暗くなり、すずとその家族は、自身の個人的な悲劇に対処せざるを得なくなる。

1945年8月6日の原爆投下ももちろん描かれるが、予定調和に描かれないところが、片渕の映像作家としての才能の最たるところだ。

平凡であると同時に例外的な印象を与える生活をこのように視覚化することで、『この世界の片隅に』は、動画の美しさと細部の具体性に私たちを引き込む。

すずの物語は人間を非常に深く描いてゆくので、映画の最後にアニメの手が観客に手を振るとき、私たちは友だちに向かってするように手を振り返したい気持ちになるだろう。

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民放ラジオ放送開始記念日(9月1日)

○民放ラジオ放送開始記念日(9月1日)

9月1日は、民放ラジオ放送開始記念日。

1951年9月1日、6:30に中部日本放送(CBCラジオ)が、12:00に新日本放送(現在の毎日放送 MBSラジオ)が日本初の民放ラジオ局として本放送を開始。これを記念して制定された。

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