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『ELLE』誌フランス版の『この世界の片隅に』のレヴューを訳してみました。

◯『ELLE』誌フランス版の『この世界の片隅に』のレヴューを訳してみました。

 

『ELLE』誌フランス版の『この世界の片隅に』のレヴューを訳してみました。批評というよりは紹介という感じ。とても短いです。

元記事:Hélèna Villovitch, <<Paradis perdu: Merveille du cinéma japonais, <<Dans un recoin de ce monde>> reconte la vie d'une jeune fille avant l'explosion de la bombe de Hiroshima>> ELLE france, 1 septembre, 2017.

誤訳がありましたら、忌憚なくご教示下さい。なお、タイトルは、原題を尊重しつつタイトル風に意訳しています。

* * *

失われた楽園

日本アニメの傑作『この世界の片隅に』は、広島の原爆投下以前の若い女性の人生の物語

エレーナ・ヴィロヴィッチ

もし、あなたが日本のアニメ映画に対して未だに偏見をもっているのなら、この映画はその偏見をすぐに忘れさせてくれるだろう。この映画には、ロボットもモンスターも出てこなければ、お涙頂戴もない。『この世界の片隅に』は懐かしさを感じさせる傑作であり、伝統的日本映画の巨匠・小津の作品を思わせる。最初のいくつかの映像から、片渕須直が私たちに見せる世界は破壊されることになるのだとわかる。実際、私たちは1944年にいるのである。それは、若いすずが結婚のため広島と家族から離れる時である。彼女が夢のように生きることになる時代である。「ぼんやりしとりますけえ、みんな夢だったのかもしれん」。すずは映画のあるシーンで語る。彼女の視点を通して、現実が描写されたり、着物の美しさや幼き日の友情の喜びが私たちの目に浮かんだりする……。飛行機が爆発するとき、すずには空に絵の具が見える。一人称視点は、この惑星の片隅で、世界で最もおぞましいものを増幅して見せることもできるのである。

※当ブログ内の関連エントリー:

ロサンゼルス・タイムズ紙のケネス・トゥーランによる『この世界の片隅に』評を訳してみた。

『ル・モンド』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』評を訳してみました。

『リベラシオン』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

『ル・フィガロ』紙の『この世界の片隅に』片渕須直監督のインタビューを訳してみました。

 


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コメント

>この映画には、ロボットもモンスターも出てこなければ

まあ、出てきますけどね
モンスター

投稿: 通りすがり | 2017年9月18日 (月) 23時51分

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