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東日本大震災発生から5年。「区切り」は言及する人の立場を選ぶ。

○東日本大震災発生から5年。「区切り」は言及する人の立場を選ぶ。

 

2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う東日本大震災の発生から5年が経った。

大地震から5年経ったが、震災は今も続いている。

3月18日にはおおつちさいがいエフエム(岩手県上閉伊郡大槌町 77.6MHz)、3月24日にはエフエムあおぞら(宮城県亘理郡亘理町 79.2MHz)、3月27日女川さいがいエフエム(宮城県牡鹿郡女川町 79.3MHz)他にも、補助金の打切などで継続危機に陥っている局もある。コミュニティーFM化への財務上・経営上のハードルも高い。

災害FM、大槌など3局今月終了 資金不足、難しい自立(岩手日報WebNews)
震災で亡くなった方々の名前を読み上げるラジオ局「FMあおぞら」 | THE PAGE(ザ・ページ)
<女川さいがいFM>財政難 16年3月終了 | 河北新報オンラインニュース

朝日新聞デジタル:臨災FM局 存続は - 福島 - 地域
揺れる被災地の臨時災害FM 資金・人手、恒久化へ壁高く:日本経済新聞

5年目ということで、何かと、「区切り」や「キリの良さ」に関する言及を耳にする。中には「震災はもういいだろう」などと口にする人すら、メディアでこそ見かけないが、世間には確実にいる。

ただ、被災者のなかに、「もう5年だから、ひと区切り付けたい」という人が出てくるのは理解できる。ある程度は被災から立ち直る条件が整った人たちが、いつまでも震災のことを考えるのはツラいと考えたり、5年経っても状況は好転しないが次のことを考えたいという人はいると想像できる。「区切り」がもつ心理的効果が人を癒す例は枚挙に暇がない。

しかし、艱難辛苦の後の区切りは、言及する人の立場を選ぶ。

物理的には震災前と変わらない状態で暮らせている東京の人間が、「区切り」や「キリの良さ」という言葉を弄して総括したり、被災者に総括を迫ったりするのは、不遜で烏滸がましいことだ。

5年も起つと、メディアでの扱いも縮小してきた。東京に住んでいる人間にとっては、地震の身体的な記憶が生々しかった頃と違い、震災を直接感じる機会も少なくなってきた。とはいえ、区立図書館の新聞コーナーで福島民報や福島民友を見かけると、うちの区が受け入れた被災者の方たちが未だに故郷に帰れない事実を確認する。

5年と言えばキリは良いが、1827日と言えば普通の日だ。6年目が始まり、1828日目が始まる。

※当ブログ内の関連エントリー

東日本大震災の夜の星空を再現したプラネタリウム『星空とともに』を観てきた。

嘉門達夫「怒りのグルーヴ~震災編~」(1995年)

東日本大震災発生から4年、臨時災害FMの現状
※1年前の記事です。ご注意ください。


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