美空ひばりは演歌歌手ではない。
○美空ひばりは演歌歌手ではない。
『私が好きな美空ひばりの歌』(2014年)
「文化系トークラジオ Life」(TBSラジオ)を聴きながら寝ようと思ったら、割とすぐに寝てしまった。
目が醒めると、違う番組が始まっていた。
美空ひばりの小特集をやっていた。
ビートたけし・王貞治など著名人が1曲づつ選曲した『私が好きな美空ひばりの歌』(2014年)というCDの宣伝のようだった。
『私が好きな美空ひばりの歌』(2014年)
収録曲・発売年と選曲者
- 港町十三番(1957年) 選曲:阿木燿子(作詞家)
- 悲しき口笛(1949年) 選曲:湯川れい子(音楽評論家/作詞家)
- 東京キッド(1950年) 選曲:鋤田正義(写真家)
- あの丘越えて(1951年) 選曲:串田和美(俳優/演出家/美術家)
- リンゴ追分(1952年) 選曲:冨田勲(作曲家)
- お祭りマンボ(1952年) 選曲:古田新太(俳優)
- 津軽のふるさと(1953年) 選曲:五木寛之(作家)
- 花笠道中(1958年) 選曲:宇崎竜童(音楽家)
- 車屋さん(1961年) 選曲:松山千春(ミュージシャン)
- ひばりの佐渡情話(1962年) 選曲:横尾忠則(美術家)
- 悲しい酒(セリフ入り)(1966年/セリフ入り:1967年) 選曲:王貞治(福岡ソフトバンクホークス(株) 取締役会長)
- 真赤な太陽(1967年) 選曲:森雪之丞(作詞家)
- 歌は我が命(1976年) 選曲:佐々木秀実(シャンソン歌手)
- 愛燦燦(1986年) 選曲:森英恵(デザイナー)
- みだれ髪(1987年) 選曲:篠山紀信(写真家)
- われとわが身を眠らす子守唄(1988年) 選曲:夏木マリ(歌手/俳優)
- 川の流れのように(1989年) 選曲:秋元康(作詞家)
- 上海(1953年) 選曲:金子國義(画家)
- A列車で行こう(1955年) 選曲:吉井和哉(ミュージシャン)
- スターダスト(1965年) 選曲:市川染五郎(歌舞伎役者)
- 港町十三番地(再録音)(1983年) 選曲:ビートたけし(テレビタレント/俳優/映画監督)
ちなみに、僕が一番好きなのは「港町十三番地」。そんな情報いらないか。
美空ひばり「港町十三番」(1957、83年)
美空ひばりは演歌歌手である以前に映画スターだった
さて、番組内でSアナウンサーが曲を紹介するときに(もちろん、放送作家が書いた原稿だろうけど)、「いちばん演歌っぽくない曲」「ジャズの曲も入っている」というような、美空ひばりは演歌歌手だと言う前提に立った紹介をしていた。
それは、まったくアベコベだと思う。
美空ひばりは演歌歌手ではない。演歌歌手である以前に映画スターであったという事実を過小評価すると、彼女の歌手人生を正確に捉えられないと思う。
日本の戦後映画音楽における歌モノの基本はブギウギやジャズであった。幼い頃から映画スターとして活躍した美空ひばりの音楽的素養として、ジャズは外せないのだ。「ジャズの曲も入っている」程度の軽い話じゃないんだYo!
美空ひばり「上海」(1953年)
長唄の名取の家に生まれた勝新太郎が、ジャズを歌わせたら天下一品であるのも同じ理由だ。個人的には、勝新が歌う "I'll Remember You" は本当に絶品だと思う(聴いたことがない人は、機会を見つけて是非)。
美空ひばりは演歌が生まれる前から歌っていた
それに、演歌というジャンルが確立する以前から、美空ひばりは歌っている。
輪島裕介『創られた「日本の心」神話——「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書、2010年)が証明したように、「日本の心・演歌」は、実のところ1960年代に「創造された伝統」であり、極めて新規な音楽ジャンルである。
○輪島裕介『創られた「日本の心」神話——「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』 - 昆虫亀
※前掲書の、わりと詳しい紹介
池田勇人が「もはや戦後ではない」と宣言したのは1956年、昭和で言うと31年。演歌が「日本の心」として、「失われたもの」として創造(あるいは捏造)されたのが60年代。その捏造された60年代・昭和30年代が、21世紀の現在、新たな意匠の擬似ノスタルジーとして消費されている。
他方、美空ひばりの映画およびレコード・デビューは1949年。その後の「悲しき口笛」のリリースおよび大ヒットも同1949年。「東京キッド」リリースは1950年である。
美空ひばり「悲しき口笛」(1949年)
美空ひばりは演歌が生まれる前から歌っていたのだ。
結論めいた主張
長じて後の美空ひばりの音楽的素養と歌唱力を大人の日本語話者が受容することのできる音楽的市場が、当時は、演歌・歌謡曲のジャンルしかなかったというだけで、美空ひばりをハナから演歌歌手だと決めてかかるのは本末転倒である。
以上、不肖MasaruS、多くの音楽ファンの皆さまに代わって、自説を述べさせて頂きました。
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