宮崎駿引退発表後、もう一度『風たちぬ』を観て気付いたこと。
○宮崎駿引退発表後、もう一度『風たちぬ』を観て気付いたこと。
宮崎駿が『風立ちぬ』を以って引退すると発表された。驚いた。
○宮崎駿監督が引退!スタジオジブリ社長がベネチア映画祭で発表:芸能:スポーツ報知
○BBC News - Director Hayao Miyazaki to retire
○Hayao Miyazaki, Japanese Animator, Said to Be Retiring - NYTimes.com
1回目に『風立ちぬ』を観た際には、ピンと来ない部分があると同時に、上手く言葉で表現できない魅力も感じていて、モヤモヤしたままだった。
○宮崎駿[監督]『風立ちぬ』(2013年)を観た。(当ブログ内)
ということで、もう1回観に行ってみた。9月に入っても、月曜日のレイト・ショーにもかかわらずかなり客が入っていた。
宮崎駿引退発表後、もう一度『風立ちぬ』を観て真っ先に気付いたのは、宮崎駿は、たぶん初めからこの作品で引退するつもりだったんだなぁということだ。
堀越二郎=宮崎駿
まずは、この映画が、これまでのジブリ・アニメと異なり、宮崎自身のことを描いているということ。これは、1回目に観たときにも気付いていたし、すでに多くの人に語られている。堀越二郎に仮託して、自分のことを描いていると。
だから彼は1号試写で「自分の作品で泣いたのはこれが初めてです」と言ったのだろうと思っていた。
ジャンニ・カプロー二=宮崎駿
だけれども、宮崎駿引退発表後に改めて作品を観ると、ジャンニ・カプロー二は、二郎(=宮崎)に影響を与えた先人(例えば、ウォルト・ディズニー、大川博、手塚治虫など)の隠喩であると同時に、宮崎自身でもあることに気づく。
二郎の夢の中で、カプロー二は引退飛行を行う。『風たちぬ』は宮崎の「引退飛行」でもあるのだ。そう思ってカプロー二の台詞を聞き、登場シーンを観ると、ひとつひとつが意味深長である。
夢の中に登場するカプロー二の飛行機・飛行艇は、ストーリーが進むにつれて巨大化してゆく。これは、宮崎やスタジオ・ジブリのステータスや影響力を表しているようにも見える。
また、夢の中で、カプロー二が試験飛行に失敗するシーンがあるが、彼はこのシーンをフィルムで撮影している。失敗するやフィルムを抜いて、カメラや三脚を舟の上から投げ捨てたりもする。そう、映画を撮っているのだ。
そして、引退飛行では、職工らをはじめ自身のスタッフとその家族を満載した飛行艇の底が抜けそうになったりする。これは、巨額の制作・宣伝費、様々な業界の企業を巻き込んだビジネス展開など、肥大化した自身のスタジオに対する自嘲にも見える。
カプロー二と彼の飛行機・飛行艇を描くことによって、宮崎駿とスタジオ・ジブリの歴史に対する彼なりの総括が行われていると思われる。
黒川主任=宮崎駿
また、設計部門の主任・黒川は、中〜壮年期の宮崎の分身であるようにも見える。
主任として技師たちを束ねてひとつの飛行機を完成させて行く様子は、監督としてアニメーターたちを指揮する宮崎自身の姿のようである。ズラリとならんだドラフターの前で、設計技師たちが図面を引く様子は、遠目に見ればアニメ・スタジオの様子にも見える。
つまり、二郎・黒川・カプロー二という3人の人物に、宮崎自身の幼年期〜青年期、中〜壮年期、現在が分配されて表現されているのである。
堀越二郎=庵野秀明
黒川のもとに、学生時代から俊英と噂されていた若き二郎が入社してくる。黒川は、彼流のしごきで、二郎を一人前の設計技師に育て上げようとする。
二郎は宮崎自身の分身であると同時に、三菱における黒川-二郎の関係は、およそ30年前の宮崎駿-庵野秀明の関係でもあるとも言える。
そして、映画終盤、とりわけ引退飛行以降におけるカプローニ-二郎の関係も、現在の宮崎-庵野秀明の関係のようにも見える。
夢の中で、二郎はカプローニが作った飛行機に2度同乗する。最初の出会いとラスト・フライトである。これは、『風の谷のナウシカ』と『風立ちぬ』への庵野秀明の参加と符合しているように思われる。
ラスト・シーンでカプローニは、二郎に対してこう語る。
君はまだ生きねばならない。
カプロー二は去り、二郎は残る。
『風たちぬ』には、一人の天才エンジニアの情熱、反戦のメッセージ、苦境を生きなければならない現在と未来の若者へのエールが描かれているが、同時にクリエーターの精神が時代を超えて受け継がれて行く様子が描かれている。
こう考えてくると、宮崎が二郎の声を庵野に担当させたのは、単にキャラクターが合致しているという人物造形上の問題だけでなく、物語の構造上、庵野秀明以外にはありえなかったからではないかと思われる。
そもそも、アニメで風をスクリーンの中に再現する表現を追求して来た宮崎が、堀辰雄からの借用とは言え、映画に『風立ちぬ』という完了形のタイトルを付けた。もうやり切ったという感覚があるのかもしれない。
※他に気付いたこと
- オープニング、および劇中で繰り返し変奏される曲がとても良い。
- エンディング・ロールのキャストのなかに「サッシャ」と出てきたので、「ひょっとしてJ-WAVEなどでDJをしている、あの Sascha のことかな?」と思ったら、実際そのようです。
※個人的な蛇足
もう一度映画を観て、改めて思い出したことがある。
劇中に、関東大震災の直後、二郎が本郷の大学に駆けつけると校舎が火災に見舞われており、消火活動と蔵書の運び出しが行われているシーンがある。
以前、私が東大本郷キャンパスの総合図書館で、19世紀末〜20世紀初頭ぐらいに発行された雑誌のバックナンバーを渉猟していると、イギリスで発行されたある学会誌の見返しに、関東大震災で火災にあった図書館の復興のため英国大使館から寄贈されたものであるという由緒書きがしてあり、それに加えて、誰かがしおり代りに使ったと思われる第二次大戦中の新聞の切れ端が挿んであった。
あのとき私が手に取った雑誌が、この映画のシーンと関係のあるものだったと思うと、映画と自分が一瞬リンクしたような不思議な感覚に囚われた。
※当ブログ内の関連エントリー:
○週刊映画時評 ムービーウォッチメン「風立ちぬ」、「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」(TBSラジオ、2013年8月17日(土) 22:00-24:30)
○町山智浩による、宮崎駿[監督]『風立ちぬ』(2013年)評:「赤江玉緒 たまむすび」(TBSラジオ、2013年8月20日(火)13:00-15:30)
近所のスーパーに売っていたシベリア
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コメント
ジブリをもってしても、現在テレビシリーズの製作は難しいようです。動画部分を中国や韓国の業者に出していることが多くのテレビアニメーションの状況ですが、スタッフクレジットをアルファベットでごまかさず、漢字表記にすべきでは?それが実態なら。煙草喫煙シーン問題は、シーン問題より宮崎監督自身が吸いすぎです。この映画館は単館ですか?地方だとシネコンしかなく画質が悪く観ないようになりました。
投稿: ビフォ | 2013年9月 4日 (水) 22時36分