いとうせいこう「想像ラジオ」、『文藝』2013年春号(河出書房新社)
○いとうせいこう「想像ラジオ」、『文藝』2013年春号(河出書房新社)
『文藝』2013年春号(河出書房新社)
いとう 想像すれば絶対に聴こえるはずだ、想像力まで押し潰されてしまったら俺達にはあと何が残るんだと思っていた。
いとうせいこうが16年の沈黙を破って小説を発表したんだってね……と言っても、オレはいとうせいこうの小説をひとつも読んだことがないから、これが「はじめまして」なんだけど。
『ノーライフキング』(新潮社、1988年)は知っているけれど読んだことがない。知ってるけど読んだことない——そんなのばっかりだよ、マッタク。色んな本を読まずに死んでいくんだ。読んだことがあるのは、奥泉光との共著『文芸漫談』(集英社、2005年)ぐらい。このシリーズは面白いんだよ、ホント。でもぶっちゃけ、オレにとってのいとうせいこうは、みうらじゅんとやっていた「ザ・スライドショー」のツッコミの人だけどね。
余談だけれど、この小説を読みながら、モブノリオ『JOHNNY TOO BAD 内田裕也』(文藝春秋、2009年)に収録されている「ゲットー・ミュージック」と、しりあがり寿『あの日からのマンガ』(エンターブレイン、2011年)の「そらとみず」を思い出したりもしました。
で、話を戻すと、小説のタイトルは「想像ラジオ」。
ラジオだよ、ラジオ。読まざるを得ないでしょう。
「想像ラジオ」とは、「あなたの想像力が電波であり、マイクであり、スタジオであり、つまり僕の声そのもの」(p.18)であるようなラジオで、まぁ、リスナーの想像力の中にあるラジオ。にもかかわらず、「まさに僕の体、想像ラジオの放送拠点」(p.19)と言うんだから不思議なラジオだよ。どっちなんだよ?
DJアークのひとりしゃべりを軸に、そこへリスナーの声が介入してきて、DJアークの声が聞こえない人たちの物語とすれ違う構成。まぁ、これは後でもうちょっと説明するけど。
そんなことより、オレは1ページ目ですっかり心を奪われてしまったよ:
事実いかがですか、僕の声の調子は? バリトンサックスの一番低い音なみに野太い? それとも海辺の子供の悲鳴みたいに細くて高い? または和紙の表面みたいにカサカサしてたり、溶けたチョコレートなみに滑らかだったり声のキメにも色々あると思いますが、それ皆さん次第なんで一番聴き取りやすい感じにチューニングして下さい。(p.18)
ラジオをモチーフにしているのに、音声で表現できない内容になっているところがスゴいじゃないか! 文学だからできる、文学でしかできないことをやってるんだよ。
読み進んでいくと、DJアークがどういう人物か判ってくる:
正真正銘三十八歳の僕は、もともとこの小さな海沿いの町に生まれ育ったんです。(p.19)
[……]僕は高い木の上にいるんですね。町を見下ろす小山に生えている杉の木の列の中。細くて天を突き刺すような樹木のほとんど頂点あたりに引っかかって、仰向けになって首をのけぞらせたまま町並を逆さに見てる。まるでギルガメッシュ神話の、洪水のあとの方舟みたいに高いところに取り残されています。(p.23)
「魂魄この世にとどまりて……という言葉が私の脳裏に去来しております。[……]アークさん、我々は皆、この状態です。あなたもそうだ。全国で昨日、あるいは今日そうなった者たちがこのラジオを聴いている」(p.58)
DJアークは、東日本大震災の津波で命を落とした人で、彼のラジオが聴こえるのは同じように命を落とした人たちだ。
生き残った人たちには彼のラジオは聴こえない。
「いくら耳を傾けようとしたって、溺れて水に巻かれて胸をかきむしって海水を飲んで亡くなった人の苦しみは絶対に絶対に、生きている僕らには理解できない。聴こえるなんて考えるのは思い上がりだし、何か聴こえたところで生きる望みを失う瞬間の本当の恐ろしさ、悲しさなんか絶対にわかるわけがない」(p.46)
他方、DJアークをはじめ、亡くなった人たちにも、生き残った人たちの声は聴こえない。
[……]彼女からの連絡がないんです。これほどたくさんの人が放送を聴いているのに、なぜ奥さんだけ参加して来ないのか。(p.53)
無事なんだ。美里は無事だったんだ。よかった。ほんとうによかった。だから想像ラジオが聴こえない。(p.59)
死者と生者とのあいだには、埋めることの出来ない深い溝が広がっているんだね。
DJアークの話を聴いていると、彼はそこそこ善良で、たまにズルしたり、奥さんと子供を愛したり、たまに裏切ったり、そんな人生を送る良くも悪くも凡庸な人間だということが判る——オレと何ら変りないじゃないか。オレと何ら変わりない2万人近くの人たちが、あの日あっという間に命を落としたわけだよ。
死者は語ることができるか?
「唐突に何?」って、呆気にとられてます? 何の話かっていうと、この小説を読んで思ったのは、生きているオレたちが死者の声を聞くことの難しさ、死者の思いにアクセスすることの難しさ。もちろん、この間の大震災のときに、亡くなる直前までメッセージを発していた人たちはいる。それは手書きのメモだったり、Twitterだったり、いろいろだけれど。でもそれは、死者の声じゃないよね。だって、そのときその人ははまだ生きていたんだ。死の直前の恐怖あるいは諦観に接することはできても、死後の声は聴こえないんだ。
もう少し俯瞰した感じで考えてみよう。言ったら、集合的記憶みたいな話。今回のような大災害の場合、喪失の記憶が事後に共同体の記憶に織り上げられていく過程で、実際に起きた出来事がある種の方向性をもった——ある種の政治性を帯びたとも言える——物語に編成されていくのが常だけれど、この喪失の記憶には失われた人たちの思いは反映されていない。喪失の記憶が、生き残った人たち(だけ)によって歴史化されていくわけだよ。それは避けられない話だけれどね。でも、そこに死者の声が介入する余地はないんだよね。
死者を語ることができるか?
これも難しい。
オレたちは、親しい人が亡くなると、その人のことを思い出したり、お通夜やお葬式の席でその人の想い出を語ったりする。でも、それは生前の死者であって——って言い方は変だけど——死者について語っているわけではないんだよね。死後の死者について語るのは難しいんだよ。
それに、オレたちが語る死者っていうのは、死者そのものではなくて、オレたちがその死者について抱いている像の投影に過ぎないとも言えるよね——そう、投影だよ、投影。オレたちが見ているのは、壁にかかっているスクリーンそのものではなく、スクリーンの上に投影された像なんだよね。スクリーン自体は真っ白なんだ。死者は黙して語らない。語ってるのは生きのこった人間のほうなんだよね。
スゲぇ野暮なこと言ったたような気がする。
でも、そんなことを考えながら「想像ラジオ」を読んでいて、あることに気付いた。
「想像ラジオ」を読んでいるオレは何なんだ?
DJアークの声は死者にだけしか聴こえないけれど、オレにもチャンと聴こえている。あれ、オレ死んでんの? でも、生き残った人たちの声も聴こえるから、たぶん死んでないんだろうけど。でも、生きてるからって生きてる他人の声が聴こえるわけでもないしね。つまり、この小説のナラティヴは、幾重にも不可能だってこと。
不可能性を乗り越えて聴こえてくるナラティヴだ。
いとうは、死者の声・表象の限界の前で萎縮して立ち止まったり迂回したりせず、想像力の可能性を試したんじゃないかなと思う。その蛮勇が不可能なナラティヴを成立させているんだと思う。分たれた人たちを、小説というかたちでつなげているんだ。想像力という頭の中の電界が、そういう世界観が像を結ぶことを可能にしているんだ。
いとう そうなんです。だから死者と生者を分けてしまうのではなく、生者の中に死者の声が聴こえてくる。[……]それと同時に死者も、「あ、そうか」って言っている僕らの声を聴いていると思いたい。そういう世界観をなくしてしまうことが、歴史性を失うことだと思うんです。それは百年前、二百年前の死者に対しても同じことだと思う。
いとう 間接的なことだけが文学ではないからね。[……]
まぁ、ちょっと説明過多な文章だなぁと思うところもあったけどね。
想像すれば聴こえる、でも、想像することをやめたらアっと言う間に何も聴こえなくなるから気をつけろ!
そろそろお時間です。最後にジングルを。
想ー像ーラジオー。
いとうせいこう『想像ラジオ』(河出書房新社、2013年)
単行本は2013年3月2日発売。
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