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吉田大八[監督]『桐島、部活やめるってよ』(2012年)を観た。

○吉田大八[監督]『桐島、部活やめるってよ』(2012年)を観た。

 

先日ラジオで絶賛されていた、吉田大八[監督]『桐島、部活やめるってよ』(2012年)をようやく観た。シネ・リーブル池袋で観賞。満席。

8月11日(土)公開 映画『桐島、部活やめるってよ』公式サイト


吉田大八[監督]『桐島、部活やめるってよ』(2012年)予告編

青春映画でなく、青春の終りの映画

今年見た映画のなかでは1、2を争う作品だった。

ただ、前評判では、観終った後に心がザワザワ騒ぐような青春映画という印象を受けたけれど、実際はかなり違っていた。青春映画じゃなくて、どっちかというと青春の終りの映画。

劇場で若い観客が「で、結局なに?」みたいな感想を語っていたという話をチラホラ聞くけれど、私も「これ、高校生に解るかなぁ?」と思った。

ちなみに、私の周りのある大学生の感想は「ぶっちゃけ、桐島はどうなったんですか?」 しっかりしろよ、大学生。

みんなは桐島を待っているのではない、桐島を失ったのだ

この作品について、中森明夫が「桐島=キリスト」説を唱えたり、町山智浩(と中森)はサミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』En attendant Godot(1952年)とのアナロジーで論じたりしている(あのバスケットのゴールが木の代りなんですね)。

確かに的を射ているかもしれないが、この物語にとって重大な意味を持っているのは、桐島を待つということよりも、桐島を失ったということではないだろうか。そもそも、それが物語の起点でもある。仮に、桐島=神あるいはキリストとするならば、この映画は神の喪失=ニヒリズムの映画である。

厳密に言えば、桐島は「神」というよりは「青春の光の側面」を象徴する存在。陳腐だけれど、「夢」とか「希望」と言い換えてもよい。

学業優秀で、部活動では県選抜、学校一の美少女を彼女とする桐島。彼をロール・モデルとする価値の体系を内面化して学校生活を送る生徒たちは、桐島との距離で相対的に自分の位置を確認している。

したがって、彼ら/彼女らは、桐島が部活をやめることで混乱し、恐れおののく。価値体系の軸が失われ、自分が何者なのか判らなくなるという不条理を経験し、実存の危機に放り出される。

そのことは、桐島を最上位に頂く価値のシステムの外にいる、映画部、沙奈、亜矢(吹奏楽部)が直接の影響を受けないことからも判る。映画部はゾンビ映画の撮影が最大の懸案事項であり、沙奈は桐島の不在に慌てふためく同級生に平気で軽口を叩くことができるし、亜矢は屋上に現れすらしない。

ちなみに、学年は違うが、野球部のキャプテンは、桐島的な価値体系の中にいるものの、報われるかどうかに関係なく目の前の努力を積み重ねる。宗教社会学風に言えば、世俗内禁欲の人。プロテスタント的。

一番かわいそうなのは、梨紗だ。学校一の美少女ではあるが、部活にも入っておらず、勉強もできない彼女にとって、桐島の一番近くにいるということがプライドの源泉となっている。すなわち、桐島を失うということは、ほぼ全てを失うということだ。それに、学校一の美少女であることが却って仇となって、桐島以外の男子と付き合うこともできないだろう。

桐島的世界の終り

同じ一日が複数の視点から何度も語り直されるという点で、ひとつの直線上を進む物語が解体されているのは容易に判る。しかし、桐島がいるという噂を聞きつけた生徒たちが列をなして屋上にかけて行く時、バラバラだった物語が精神的にも物理的にも一直線に結ばれ、その先に救済が待っているように見える。

しかし結局、屋上に辿り着いた生徒たちは、桐島の不在を改めて確認する。もう一度物語がバラバラに砕け散り、それぞれの生徒がそれぞれに世界を生きて行かなければならないという現実が突き付けられる。

そして、映画部のゾンビ映画の中で、生徒たちは一度死ぬ。

自分の依って立つものが失われた時、宏樹(野球部休部中)は初めて涼也(映画部)の8mmカメラに気づく。自分と違って、彼には失われないものがあるのだ。カメラを向けられ「やっぱり、カッコいいね」と言われた宏樹の目から涙がにじむ。心を蚕食する絶望の前では、ルックスの良さなんて何の慰めにもならないのだ。そのことは、学校一の美少女・梨紗の動揺からも明らかだ。

複数の視点から語られるバラバラの物語は、宏樹のイニシエイションの物語として終る。

桐島的な価値の体系を失い、そしてキャプテンの言葉が「次の試合に出てくれ」から「応援だけでも来てくれ」に変ったところで野球部に戻る道も断たれている宏樹。依然として桐島に電話は通じず、野球部が練習するグラウンドは遠くかすんで見える。

でも、大人の世界のスタートは、宏樹の絶望から始まる。

そして、そもそも多くの場合、どの職場にも桐島なんていない。

もしも毎日が幸せだらけなら
きっと我慢できないはずサ
何かを探しに生まれてきたから

何もかも捨ててしまえ
そして生まれ変わるのサ
全ては明日の夢に
みちびかれた物語

細かい話だけれど、映画を観終わった後の涼也のあの表情と動作が良かった。あの感じだよね。たぶん、オレも帰り際、あんな感じになっていたと思う。

あと、橋本愛をほめる人が多いけれど、オレはもう一人のバドミントン部員のほうがよかったな。

蛇足:自分の高校時代

前評判を聞いて、心を乱す青春映画を想像していたけれど、私にとってはそういう作品ではなかった。

つまり、それは、自分の高校時代はどうだったかということに関係している。

ひょっとしたら自分が経験したかもしれない青春という意味で胸騒ぎはしたけれど、割と穏やかな気持ちで最後まで観賞することができた。なぜなら、高校時代、私はあのような青春から早い時点で降りていたからだ。

提示している価値としては正反対の作品だけれど、カン・ヒョンチョル[監督]『サニー 永遠の仲間たち』써니(2011年)を穏やかな気持ちで観ることができたのも同じ理由だと思う。

映画の中の生徒たちが抱えている不安を、高校時代の私は、巧い具合に解消できていた。

仮にあの学校に私がいたとしたら、桐島が部活をやめても影響を受けず、学校の外にも世界があるということを知っているという意味では涼也に近いかもしれない(小理屈タレな性格は武文(映画部)的)。ラジオの深夜放送を通じて学校だけが世界の全てじゃないということを知っていたことは大きい。

でも文化系ではなく、大学まで体育会系の部活を続けた。とはいえ、オリンピック種目でもなく、プロ・実業団への道も開かれていない種目で、その先がどうという話ではなかった。しかし、その種目そのものの愉しみを見出して満喫していた。

そして、いざとなれば勉強に逃げ込むこともできた。努力したぶん必ず報われる勉強は自分を決して裏切らないことを知っていたので、心の安定を保つのに充分だった。

つまらない青春時代を送ったなと思う。

※参考リンク

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