メル・ギブソン[監督]『アポカリプト』(2006年)のラスト・シーンについて
○メル・ギブソン[監督]『アポカリプト』(2006年)のラスト・シーンについて
※匿名のかたのコメントを受けて末尾に加筆(2012年9月8日)
メル・ギブソン[監督]『アポカリプト』(2006年)のラスト・シーン
メル・ギブソン[監督]
『アポカリプト』Apocalypto(2006年)予告編
自由にしてやるって言ったじゃないか! それに、走る前から脇腹が痛くて鬱……。
ホント意味でサバゲー。
バカな冗談はさておき、メル・ギブソン[監督]『アポカリプト』Apocalypto(2006年)の話。
ライムスター宇多丸のイチオシ映画。ほぼ全編が人殺しと追っかけっこですけれど、スペクタクルな映像とか、イデオロギーの説明に終始していないストーリーなど、アクション映画としてはなかなか良くできていると思う。
「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2008年3月8日)のポッドキャストでは、ラスト・シーンの解釈で、映画評論家・町山智浩と宇多丸とで意見が分かれていた。町山は、最後のスペイン船の到来をキリスト教による文明化と解釈し、宇多丸とアートディレクターの高橋ヨシキはさらにその後に黙示録的な大惨事が起こると解釈していた。
○配信限定!放課後DA★話(3/8)【町山編】 ゲスト・町山智浩さんにサプライズゲスト!その後のスタジオはスレスレの映画トークでカオス状態!
このラスト・シーンなどについて、自分なりの考察を。
舟上のスペイン人
おそらく、最後のスペイン船が示唆するのは、基本的にはキリスト教による文明化というのは間違いない。メル・ギブソンの監督・脚本という点でも、そこはカタいはず。主人公の村を襲った戦士たちの外見がならず者風であるのに対して、先端に十字架が付いた杖(信仰と権力の象徴ですね)を携えて、伝馬船で岸に近づいてくる白人たちは、身なりも整っていて、いかにも文明人然としている。
しかし、天気は嵐で、スペイン船は後光ではなく黒い雲を背にしている。伝馬船のスペイン人の中には鉄砲で武装している者もいる。
もちろん、宣教師だけで上陸するなんてありえないので単なるリアリズム描写と言われればそれまでだけれど、映し方が意味深長だ。まず追っ手の男の背中の右から宣教師にピントのあった映像を見せ、次に少しパーンして男の左から武装した男たちにピントのあった映像を見せる。
つまり、文明か暴力かどちらかではなく、両方をそれぞれキチンと見せることで、その後の展開を暗示しているように見える。
スペイン船を見た3人の反応
興味深いのは、スペイン船を見た3人の反応の違い。
主人公を追ってきたならず者風戦士の生き残り2人は、引き寄せられるようにスペイン船へ近づいて行く。これに対して主人公は、その場を後にして家族の元へ戻る。
追っ手たちは、スペイン船を目にして陶然と教化され、キリスト教によって野蛮な非人間性から解放されているようにも見える。
文明が野蛮で野蛮が文明
しかし、話はそれほど単純ではない。終始野蛮で非人間的な人物として描かれているマヤ人たちは、実際には都市に生活基盤を置く文明人であり、だからこそククルカンについて知り得るのだ。
他方、主人公は、文明とは程遠い原始的な暮らしを送っているが、健全な人間性を備えた存在として描かれている。何より、彼は、家族のために命を賭けて走るのである。
狩りの途中、森の中で他の部族と出会った際、主人公の属する部族はふだん他部族との交流がないことが示唆される。森から生活の糧を得ている集団は、川から生活の糧を得ている集団とすら交流がないのだ。
従って、主人公はククルカンだとか白い顔の男などと言うものについて全く知識がないはずだ。そんな主人公だからこそ、スペイン船を目にするや直感的に危険を察知してその場を離れる。
文明が野蛮で野蛮が文明——登場人物の描写がレイシズムと文明批判の奇矯な合成になっている。これも、ストーリー全体を貫く勧善懲悪とキリスト教優位の図式の成せる業。
「ヨハネの黙示録」
タイトル「アポカリプト」(Apocalypto)からの連想に促されて、映画が『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」(The Apocalypse of John;Aπōκάλυψις Ιωάννης)とどう対応するのか聖書を見てみよう。
すると、映画に関係ありそうなのは「ヨハネの黙示録」11章あたり。とりわけ注目に値するのはこの部分:
二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。
「一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち」という部分は完全に映画と一致する。主人公ジャガー・ポー(Jaguar Paw:豹の拳)は、底なし沼に落ちた後、泥で前身を真っ黒にしながら這い上がる。そして、逃げるのをやめ、自分の庭である森の知恵を以って追っ手を撃退する。彼はこのとき名実ともに「豹の拳」となる。
ただし、聖書では「二人を殺してしまう」だが、映画では最後に2人が残り「神の証人」になる。「二人の証人」については:
さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。
また、12章にはこのような記述もある。聖書の記述を映画に還元して読むのは良くないけれど、ちょと気になる:
女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。
女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。
この後、「ヨハネの黙示録」は、バビロンの崩壊→千年王国→サタンの敗北→新天新地という流れ。この部分はスペイン船到来以降の部分に対応すると思われる(マヤ文明の崩壊→スペインの支配→キリスト教化→新天新地)、映画では描かれていない。
白人じゃないけど白人?
キリスト教徒の暴力を明示しないまでも示唆しているという点で、メル・ギブソンほどのコテコテのキリスト教右派にしては、キリスト教の光と陰を立体的に誠実に描いているではないか……と感心したのも束の間、この映画には元ネタがあるとのこと。
町山智浩によると、『アポカリプト』はコーネル・ワイルド[監督]『裸のジャングル』The Naked Prey(1966年)のほぼパクリリメイクなのだとか。『裸のジャングル』では、白人が黒人の原住民に追われる話になっているらしい。
○バックナンバー第1回〜第67回 町山智浩のアメリカ特電 | EnterJam - エンタジャム - 映画・アニメ・ゲームの総合エンタメサイト
※第58回「コーネル・ワイルド製作監督脚本主演の『裸のジャングル』は元祖アポカリプト!」
コーネル・ワイルド[監督]
『裸のジャングル』The Naked Prey(1966年)予告編
保守的な白人キリスト教社会に対するリアルな脅威を象徴する「敵の顔」が、40年の間にアフリカ系からヒスパニック系に代ったのだろうか。
ただし、公民権運動の真っただ中、キング牧師暗殺の2年前に南アフリカで撮影された『裸のジャングル』では、町山によれば、最終的には白人と黒人の融和が描かれているとのこと。他方、『アポカリプト』では、敵は敵のままで、一貫して奇矯な他者として描かれる。
この2作を対照させて気づくのは、『アポカリプト』の主人公は、白人でもキリスト教徒でもないけど、メキシコにキリスト教徒が到着するまでのあいだ、キリスト教的価値観を先取りする人物として、マヤ文明を野蛮なものとして際立たせるために映画の中に存在しているということだ。
実際のキリスト教徒が到達した時点で映画上の役割を終えた主人公は、スペイン人と直接対面する必要はなく、しかし最後に「新しい始まりを見つけるために」と、いかにもクリスチャン的修辞を口にして、家族を連れて森に帰る。
スペイン人が到達した後のメソアメリカの黙示録ぶりは史実の示す通り。あの先を『アポカリプト』本編と同じトーンでは描くことはメル・ギブソンには不可能だろう。史実は無視できず、アンチ-キリスト教的表現になりかねない。このあたりが彼の表現の限界だと思う。
蛇足:
タイトル "Apocalypto" について
ついでに言うと、ときどき、ネットで「"Apocalypto" は、ギリシャ語で「新しい始まり」の意味」という感じの記述を見かけるけれど、そのような意味はない。
"Apocalypto" が、英語で言う "Apocalypse"(黙示録) と関係ある言葉だというのは容易に想像がつく。ちなみに、「黙示録」は、元の古典ギリシャ語では "Αποκάλυψη" (Apocalypsee) 、スペイン語では "Apocalypsis"。
では、"Apocalypto"(Aποκαλύπτω)は何かと言うと、これは古典ギリシャ語の動詞の一人称単数現在形能動態。辞書の見出し語でもあるけれど、不定形ではない。"I reveal."(私は明らかにする、私は啓示を与える) の意味。主語は誰? 神目線? まぁ、単に英語と同じ感覚で辞書の見出し語を不定形のつもりで使っているだけかもしれない。
イラク批判かと思ったけれど……
「恐怖」に関するくだりや、映画の公開時期を考えると、メル・ギブソンはこの映画で婉曲にテロリズムやイラクを批判しているではないかとも思った。しかし、ある映画祭で、アメリカによる謂れなきイラク派兵をマヤ文明の人身御供に準えて批判していたようだ。話、ややこしくしてねぇ?
○Mel Gibson criticizes Iraq war at film fest - Entertainment - Celebrities - TODAY.com(英語)
「新しい始まり」(a new beginning)について
匿名のかたのコメントで「新しい始まり」という表現について
何が「クリスチャン的修辞」だ
普通の言葉だろ
誰だって言う
バカバカしい
というご指摘がありましたので、この件について加筆。
「新しい始まり」(a new beginning)というフレイズは、一見何ということはない陳腐とも思える表現ですが、牧師など聖職者の説教や文章やなどで頻出する表現です。黙示録的な終末の後の新天新地は、クリスチャンの一大関心事だからです。
そのことを知らなくても、「"新しい始まり" キリスト教」「"a new beginning" christianity」などで検索すれば容易に確認することができます。
ついでに言うと、アメリカ合衆国大統領のバラク・オバマは、2009年6月4日にカイロ大学でおこなった演説で、アメリカとイスラム世界の融和を説きました。 この演説の中で、オバマは "new beginning" という表現を3回繰り返しました。報道では、オバマがイスラム世界との歩み寄りの姿勢を強調していることに注目が集まりました。ただ同時に、"new beginning" という表現から、オバマがキリスト教の立場を譲っていないということも、判る人には判るのです。
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コメント
>最後に「新しい始まりを見つけるために」と、いかにもクリスチャン的修辞を口にして
何が「クリスチャン的修辞」だ
普通の言葉だろ
誰だって言う
バカバカしい
投稿: | 2012年9月 6日 (木) 18時21分
いや~。深いですなぁ。何も考えずに、観て ドキドキして 終わって ふぅ~って一息ついて 黙示録まで頭が追っつきませんでした。 てへっ
投稿: ロリマール | 2014年2月18日 (火) 02時54分
キリスト教徒という人の形をしたテスカトリポカ(悪魔)がやってきたという破滅の場面でしょうね
投稿: | 2015年1月14日 (水) 01時18分