書き起こし(2):『息もできない』ヤン・イクチュン監督×ライムスター宇多丸 緊急スペシャル対談
○書き起こし(2):『息もできない』ヤン・イクチュン監督×ライムスター宇多丸 緊急スペシャル対談
「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2011年2月12日(土)21:30-24:30)で放送された、映画『息もできない』똥파리(2008年)の監督・ヤン・イクチュン(양익준)への宇多丸によるインタヴューの書き起こしの2回目。
○息もできない(日本語公式サイト)
○TBS RADIO 特集リスト2011! (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)
※上記ページの「2月12日「ヤン・イクチュン監督と緊急スペシャル対談」」をお聴き下さい。○TBS RADIO 映画博徒の生き様が一目瞭然!ハスリングの記録・2010年 (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)
※上記ページの「4月10日息もできない」で、宇多丸による劇評を聴くことができます。
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ヤン・イクチュン[監督]『息もできない』(2008年)予告編
2010年日本公開
韓国映画の女性/韓国社会の女性
宇多丸 僕らは日本で韓国の映画とかドラマを観ると、あの、登場する女の人のキャラクターが結構、よく考えると、強いキャラクターが多いなぁというふうな、気が強い女のキャラクターが多い。それは逆に、その、さっきおっしゃったような、韓国社会が——まぁ、世界中にどこにもね、にたような傾向があるにしても——韓国社会が強く女の人を強く抑圧する傾向があって、それに対する反発なのかなぁ。で、その、エンターテインメントの中で、強い女のキャラクターで、みなさんそれで発散する傾向がそこに出てるのかなぁというふうに、質問してからチョッと思い返したんですが。
ヤン・イクチュン 韓国の男性っていうのは、男性だから全てを責任取らなきゃいけない、全ての義務を背負わなければいけない、そういうのが強かったと思うんですよね。でも、それがもう今になって、男性だけで全ての責任とか義務を背負い切れるわけじゃないっていう、女性にも責任を取れって言うわけじゃないですけども、女性的なものも必要じゃないかというふうに思ってきた、そういう社会の無意識が色んな映画とかドラマの中に、そういう強い女性のキャラクターを生み出したんじゃないかなぁと今ふと思いました。
宇多丸 あ、なるほど。
ヤン・イクチュン 映画の中で、ヨニ[=キム・コッピ(김꽃비)演じるヒロイン]とそのヨニの弟が出てきますよね。そのヨニの弟が姉さんに対してこういう場面があります。「なぜお前が、なぜ姉さんがアルバイトなんかをするんだ、カネならオレが稼ぐよ」っていう姿を見せるんですけども、でも実際のところは、父と弟を守っていかなければいけないって思ってるのはお姉さんなんですよね。弟は逃げようと思えば逃げられる位置にいたんだと思うんです。
あるいは、サンフン[=ヤン・イクチュン演じる主人公]のほうを考えてみても、サンフンは父の暴力を結局は眺めていただけだったんですよね。それを止めようとしたのは妹だったんですね。
ですから、結局男どもっていうのは、止めようとするけど実際止められない。実際それをやってのけるのは女性じゃないかなって思うこともあるんです。ですから、男性社会の中で、獣のように力で以ってそれを引っ張っている男たちもいるけども、でも実際にそれを守っていっているのは女性じゃないかなって気もします。
宇多丸 なるほど。
暴力への恐怖から生まれるリアルな暴力描写
宇多丸 今こうやってお話を伺ってても、ものすごく、こう、聡明なかたというか、とにかく、あの、サンフンを演じられてた人とは思えないっていう感じがするんですけど、サンフンはサンフンで実在してるとしか思えないキャラクターとして僕らはこの映画を見ると思っちゃうんですけど、サンフンというこのキャラクターはどうやってつくったというか、こう,自分で、こう、このキャラクターになろうと思ったきっかけというんですかね、何かモデルになるような人物がいるんですか?
ヤン・イクチュン この映画は、私がいなくても、きっと誰かがつくったと思うんですね。家庭内での暴力というものは、実際私も2009年[ママ]この映画を撮っている時に道ばたでそういう自分の妻に対してすごい暴力を振るっている男性を見たことがあるんですよ。それ、結局女性のほうは気絶しちゃって、スタッフが警察に通報してその男は捕まったんですけど、そういう露骨な暴力っていうのも、まだありますし、今も韓国の社会っていうのは、そういう暴力的なものに風呂敷で包んで見えなくしてきたんだけど、もうそういうことはできないという段階に来てるんじゃないでしょうか。
ですから、この映画をつくった時は32、33ぐらいだったと思うんですけども、私自身が私の中に抱えていた家庭内での問題とか暴力、暴力に対する思いとか、そういうものも目を背けてられないということでつくった映画のような気もするんですよね。
私は映画人だから、私のそういう思いをこの映画にしましたけど、それが例えば小説家だったら小説書いたかもしれないし、歌手だったらそれを歌にしたかもしれないと思うんです。
宇多丸 ただ、そこでご自分の思いを吐き出す時に、実際のヤン・イクチュンさん自身っぽいキャラクターではなく、まぁ、ある意味、全く、こう、お会いしてても、むしろ正反対に感じられるような、粗野で、着てる、その、服装からしても……みたいな人物を、こう、あえて造形したのはなぜなのかなというふうに……。
ヤン・イクチュン 暴力を受けた人がどうなるかっていうのは、ふたつのタイプがあると思うんですよね。ひとつは、暴力を行使された人が「じゃぁ、今度はオレが」っていうふうに、暴力の連鎖っていうか、暴力的になっちゃう人と、もうひとつは、反対に、暴力を恐れてしまう、非常に臆病になるっていうタイプ、ふたつあると思うんですけど、私はその二番目のタイプだったんですね。
でも、そういうふうに暴力に対する恐れとか、そういうものでも、それはいつかやっぱり解消されないといけないんですよね。
宇多丸 うん。
ヤン・イクチュン だから、日常生活でもストレスを少しづつ解消しながら生きていける人は幸せなタイプだと思うんですけど、いま言った2のようなタイプの人間はなかなかそれができないんですね。
自分はこの映画をつくった時に、30になってましたけども、歳を取ってきて、いつかはそういう解消しなければいけない、そういう時が来たんじゃないかなというふうに思ったんです。
私このシナリオを書いた時に、私、仕事を辞めてこのシナリオを書いたんですけど、それまでシナリオを書いたこととかほとんどなかったのに、この『息もできない』のシナリオは流れるように私の筆先から出てきました。これは、だから、私の中から出てきたものだったんだと思うんです。
この映画についてインタヴューされた時に、「30年間の日記をいっぺんに書いたような感じ」って答えたことがあるんですけども,自分の中にある「サンフン」というものを吐き出したというふうにも言えますし、ですから、この映画を見た観客のかたから、「最後に何でサンフンを殺すんだ」とか、「サンフンは生かしてほしい」とか言われることもあるんですけども、でも考えてみたら、私の中ではサンフンというのは暴力のイメージだったんで、サンフンを殺すことっていうのは、映画のストーリーとは別のところで、あるいは必要だったのかもしれないと今思っています。
宇多丸 なるほど。
『ファイト・クラブ』のエドワード・ノートンの中味がブラッド・ピットを生み出したような話だなと思って、今、伺っていました。
えぇと、今、その、暴力を受けた記憶というのを、暴力を恐れる側としてのヤン・イクチュンさんっていうお話を伺いましたけど、やっぱり、この映画の中の暴力が、すごく痛くて怖いのは、やっぱり、暴力が怖いと思ってる人の怖さだなと。
で、そこで僕が連想したのは、やっぱり、日本に北野武という人がいまして、北野武の映画の暴力というのは、武さんが誰よりも暴力を恐れてるからこそ、こんなに、要するに痛くて怖い暴力が描けるというふうに僕は思って、そこらへんの痛みにすごく通じる暴力描写だと思ったんですけど、あの、北野武さんの映画ってご覧になったことありますか?
ヤン・イクチュン 北野監督は本当に素晴らしい監督だと思うんですけども、私はまだ1本の作品を撮った監督にしか過ぎないんです。北野監督の場合は、やはり社会を見る目っていうのも、見識が広いし、だから暴力を社会的な観点から見れると思うんですけども、私の場合は、この映画をつくる時に何か考えてつくったわけではなくって、ただ自分の中にあるモヤモヤしたものを、解消されないものを、それをなんとかしたいという思いでつくったんですね。
その映画をつくって後、このように色んな人と話してみたり、「この映画はこういうんじゃないか?」ということを言われたのを聞いたりして「あぁ、そうだったのかなぁ」と思うんです。ですから『息もできない』という友人が偉いのであって、私はそんな全然偉い人間じゃない。私は単にモヤモヤしたことがあって衝き動かされて、どうしようもなくサンド・バッグをぶん殴ってきたんだけど、考えてみたら、サンド・バッグが偉かったという、そういうふうにも言えるかなと思うんです。
宇多丸 うぅん。
(つづく)
サンフンの人物造形の秘密を知り、サンフンの死に必然性があることが判ったことで、映画を観たときよりも一層、内容が心にしみ込んできた。
ただエンディングでは、サンフンは死んでも、人の心の闇やその発露としての暴力は終らないことが表現されている。
ヤン・イクチュン本人がサンフンと似ても似つかぬ聡明で線の細い感じの柔和な人物というのはチョッと意外。下の動画を観ると雰囲気が判る:
韓国の男女事情/映画「息もできない」ヤン・イクチュン監督
産經新聞によるインタヴュー
○書き起こし(1):『息もできない』ヤン・イクチュン監督×ライムスター宇多丸 緊急スペシャル対談
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