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熊切和嘉[監督]『海炭市叙景』(2010年)を観てきた。

○熊切和嘉[監督]『海炭市叙景』(2010年)を観てきた。

 

 

先週末に熊切和嘉[監督]『海炭市叙景』(2010年)井上剛[監督]『その街のこども 劇場版』(2010年)を観た。

映画 「海炭市叙景」 公式サイト

井上剛[監督]『その街のこども 劇場版』(2010年)を観てきた。(当ブログ内)

『海炭市叙景』は、『キネマ旬報』の2010年日本映画ベスト・テンで9位に入っているのを見て初めて知った。10位以内の映画で、これだけは全く知らなかったので興味をもって観に行った。先週の土曜日に新宿の  K's cinema で観賞。


映画『海炭市叙景』予告編
 

原作について

原作は、佐藤泰志の連作小説『海炭市叙景』(集英社、1991年:小学館文庫、2010年)。この作家も作品もこの機会まで知らなかった。村上春樹と並び評される才能をもちながら、41歳で不遇の人生を自死を以って閉じた作家とのこと。

両者の作品すべてを読んだワケではないけれど、村上・佐藤の作品はいずれも喪失感に満ちているという点で共通していると思う。ただ、その喪失感には質的な差異がある。

拙速にも要約するならば、村上春樹作品の喪失感はどこか高踏的で軽快なものに見えるのに対し、佐藤泰志作品の喪失感には実存や生存に深く関わる痛みと重みがある。後知恵を以って見れば、前者は20世紀後半のそれで、後者は21世紀初頭のそれを先取りしているように見える。

しかし、佐藤は21世紀初頭を予言した訳ではない。20年30年前に造船所や炭坑で起こっていた厄難が、現在、自動車・家電工場で起こっているだけのことである。同じことが、早晩、どの産業にも、どの街にも訪れる。

バブル経済末期から、その余韻残る1990年代にかけて、思春期・青年期に村上春樹の小説を手に取った若い読者は、「自分もああいう喪失感を味わってみたい」とすら思ったかもしれない。『ノルウェイの森』(1987年)の「孤高にしてリア充」(by ライムスター宇多丸)なワタナベの喪失感は憧れをもって受容され消費されたのではないだろうか。

TBS RADIO 映画博徒の生き様が一目瞭然!ハスリングの記録・2010年  (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)
※上記ページより「12月25日ノルウェイの森」をお聴きください。
映画評であると同時に、原作(の読者による受容)に関する優れた解説になっている。

そういう時代においては、『海炭市叙景』ような作品には読者(というよりは消費者)の触手が伸びなかったのもうなづける。

奇しくも現在、トラン・アン・ユン[監督]『ノルウェイの森』(2010年)も公開中。


映画「ノルウェイの森」予告編
 

映画について

かつては国策の一環として国民経済の推進力となり、栄華を極めた街が、そこに住む人びともろとも置き去りにされてゆく。世界的な産業構造の変化のせいであり、そこに住む人びとはそれに抗うことも叶わない。街を出る人もいるだろう。しかし、多くの人は地に縛られ、あきらめ顔で生きている。良い時代があったからこそ一層、街の衰微がもたらす絶望は、深い苦渋と辛酸に満ちた死に至る病となる。

まずは、竹原ピストル谷村美月演ずる兄妹の実在感に打ちのめされる。どちらも初めてちゃんと見た。竹原ピストルはフォークデュオ・野狐禅を経て現在ソロで活動中のミュージシャン。熊切作品の常連俳優でもある。谷村美月は名前も顔も一応は知っていたけれど、単なるアイドル女優かと思っていたら全然ちがった。このふたりを見ることができただけでも価値があった。

彼らふたりに限らず、登場人物は概して言葉少なだ。語られるどの言葉も日常の言葉で、大仰な決め台詞などはない。それが却ってリアルだ。あのスナックの場末感ときたら、一瞬陶然とする程の既視感である。

ロング・ショットが多い。悄然と沈む人びとの生活を、少し遠くからぼんやり眺める映像。叙景。思い起こしてみれば、心にポッカリ穴が空いた時、たとえそれが自分に起きた出来事であっても、うっすら白んだような、自分の外で起きている他人事ような気分に襲われる。そういう距離感と質感の映像。

小説のうちの5編を採って映画化されている。

それぞれの挿話の登場人物たちは、ニアミスしたり、実際に接触したりもする。例えば、兄妹が市電を横切るシーンや、その市電の車内の様子などは、映画表現としては見所なのだが、そこから人びとの間に深い絆が生まれることはない。

全てのエピソードを貫いて登場人物たちを結ぶのは、海炭ドックの人員整理を告げるテレビ・ニュースぐらいである。しかも、連絡船上で流れるニュースのあの無機的な内容ときたら。

各エピソードのジョイントとなる表現には、「あぁ、あそこがここにつながるのか」と、ハッとする愉悦があるのだが、地の部分のエピソードが深いリアリティーを帯びている故に一見浮いて見えたし、技巧的にも感じられた。

しかし、この部分があるからこそ、歯がゆさ募り、登場人物たちへの愛着が増す。もしこの映画の登場人物たちが幸運にも邂逅し、そこに絆が生まれたなら、もっと満たされた別の人生が待っているかもしれないのに。

この映画の中で最も濃厚な人間関係は、ガス屋の若社長が再婚した妻と息子とのあいだの不幸な関係であり、最も赤の他人にやさしいのは、ガス料金を滞納していると思しきヤクザの男だったりする。

同じ街に暮らしていても、それぞれの人びとが、報われない日々をそれぞれに生きている。まるで、靴にしみ込む解けた雪でじわじわと凍える爪先に苛立ちながら、じっと我慢し続けるかのように。

結局人は孤独なのだと思い知る。

哀しい話ではあるけれど、映画監督・俳優という職業を祝福せずにはいられない秀作。

この映画は、原作の舞台のモデルである函館市民発の企画。パンフレットによると「観光映画ではなく、人生の喜び、悲しみを丸ごとフィルムに焼き付けたい。誰も撮ったことがない函館を撮りたい」という意気込みから始まったとか。勇気のある企画だと思う。おかげで私は素晴らしい映画に出会うことができた。

まだの人は、絶対に観たほうがいい。

おまけ

音楽は、元 Sonic Youth のジム・オルーク(Jim O'Rourke)が担当。大変な知日家・親日家で、現在は東京を活動の拠点としている。


「新 平成歌謡塾」(BS朝日、2011年1月)
「少し恥ずかしいけど、頑張ります。」
 

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投稿: 別冊編集人 | 2011年3月 1日 (火) 09時33分

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