読了しました:佐々木中『切り取れ、あの祈る手を——<本>と<革命>をめぐる五つの夜話』(河出書房新社、2010年)
○読了しました:佐々木中『切り取れ、あの祈る手を——<本>と<革命>をめぐる五つの夜話』(河出書房新社、2010年)
When you believe in things
That you don't understand,
Then you suffer.
Superstition aint the way.
「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」<番組恒例・秋のタマフル推薦図書特集>(TBSラジオ、2010年9月25日(土)21:30-24:30)で紹介されていた、佐々木中『切り取れ、あの祈る手を——<本>と<革命>をめぐる五つの夜話』(河出書房新社、2010年)を年末年始に読むと宣言した。
○TBS RADIO サタデーナイトラボ「秋の推薦図書」【後編】 (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)
※『切り取れ、あの祈る手を』の紹介は終盤○年末年始は、佐々木中『切り取れ、あの祈る手を——<本>と<革命>をめぐる五つの夜話』(河出書房新社、2010年)を読むことにした。(当ブログ内)
その時点では、序盤のいくつかのフレイズを抜き出して「ほんの出だしの20〜30ページのあいだにも、読む人・書く人・創る人ならきっとシビれるアジテイションで埋め尽くされている」と書いた程度。
しかし、読み終えてみると、こんなのは本の序の口に過ぎなかったと解った。確かに、それらは項を繰る推進力を得るための着火剤にはなったが、この後に訪れる本当の<革命>に比べれば些細なものだった。
上記エントリーに未だに継続的に少なからぬアクセスがある。砂浜の足跡を探すロビンソン・クルーソーのように、前掲書を読み終えた読者がセカンド・オピニオンを求めて、あるいは手っ取り早い要約を求めてネットの汀を彷徨しているのかもしれない——他ならぬ佐々木自身が本を情報として処理することの不毛さについて散々釘を刺しているにもかかわらず。
「受胎」(conception)としての「読むこと」「書くこと」
おそらくこの本は、第1夜を読んである程度の見通しが利けば、その後迷うことがないはずだ。おそらく多くの人にとってなじみのない宗教の話を題に採ってはいるが、残りの4夜は、大雑把に言えば、第1夜で提示されたモチーフの変奏になっている。ルター、ムハンマドとハディージャ、中世解釈学革命について事前に知っている必要もない(そもそもこれら全てに通暁している人がどれほどいるだろうか)。書いてある。佐々木が促すように、読めばいいのだ。
もっとも重要なのは、ニーチェの「受胎」、concept/conception についての議論かもしれない。肝心と思われる箇所を引用:
たとえば[ニーチェ]曰く、「妊娠の状態よりも荘重な状態があるだろうか?」「この荘重さのなかでわれわれは生きるべきである。生きることができる! そして期待されるものが思想であれ、行為であれ——われわれはあらゆる本質的な完成に対して、妊娠という関係以外の関係をもたない」と[……]。(pp.23-24)
ドゥルーズは、哲学とは概念(concept)の創造であると言いました。では概念とは何でしょう。それはそもそも「孕まれたもの(conceptus)」という意味です。「概念にする、概念化する(conception)」という言葉も「妊娠(conceptio)」という語に由来します。「マリアの受胎」は conceptio Mariae と言います。だからキリストはマリアの概念化(conceptio)によって生み出された概念なのです。(p.24)
哲学とは、そして書くこととは、「女性になること」の営みなのです。無論、ラカンが厳しく言っているように、生物学的に女性だからといってファルス的な享楽を自動的に免れる訳ではありませんよ。しかし、それ自体が男性中心主義的な理論だと指弾されることも多い精神分析理論の、もっとも先鋭的な理論家であったラカンが、フェミニストたるクリステヴァやイリガライを弟子に持ち、バトラーなどにも少なからず影響を与えている理由を、ひとはもう少し考えるべきでしょう。(p.25)
最近の映画好きな人たちに解りやすく言えば、コンセプション(conception)をひっくり返せばインセプション(inception)。
哲学および書くことは「女性になること」というより、むしろ、両性具有者たることと言ったほうが、男のオレにはしっくりくる。
読書による発狂
You borrow my brain for five seconds and just be like dude, can’t handle it, unplug this bastard. It fires in a way that is, I don’t know, maybe not from this terrestrial realm.
(もしオレの脳味噌をたったの5秒借りだたけでも、「おいお前、手に負えねぇぜ。こいつを外してくれ、バカ野郎」ってな具合になるだろう。何つうか、この世の物とは思えない感じにブッ飛ぶぜ。)Charlie Sheen
佐々木は本の序盤で、他人が書いたものを読むことの不可能生についてこう言っている:
グリューンヴェーデルが「わかった!」と絶叫した瞬間何がおこったか。カフカやアルトーやヘルダーリンの本を読んで、彼らの考えていることが完全に「わかって」しまったら、われわれはおそらく正気では居られない。(p.30)
話を具体化するために、私のコンセプション経験について話すと、例えば、エドワード・サイード、あるいはジュディス・バトラー(別に、ミシェル・フーコーでもいいんですけど)を読む前と読んだ後の変化は激烈で、ひと度これら著者たちとパースペクティヴを共有してしまったが最後、今まで何も見えていなかったところに、権力の作用が充満していることに気づいてしまう。一気にドカ〜ンと吹き出したかのように、あるいはドンデン返しのように世界が一転して見えてしまう。
一旦見えるようになってしまった権力の作用を視界から消すことは二度とできず、日常生活のあらゆる側面で権力の作用を感知し続けることになる。こんな状態、脳味噌が常にはたらいてしまっているわけですから、ものすごくしんどいですよ、鬱陶しいですよ。ある種の乖離・抑圧で抑制が利いている間はいいけれど、もしタガが外れてしまったら、これは発狂ですよ。佐々木が言うように、これは読書がもたらす発狂ですよ。終りなき日常をまったりと生きるということが、いかに楽チンだったことか。
読書とは、正であれ負であれ、強烈な電荷を帯びた他者の思想に素手で触れる行為であり、まともに受け止めたら感電してしまう。
自分だけがそうだと言っているわけではなく、おそらく、誰かの本から何らかの conception を得た人は、同じようにシンドイ日常を送っているはず。ことによると、発狂した人もいるかもしれない。
読書からは離れるけれど、ダーレン・アロノフスキー(Darren Aronofsky)[監督]『π』(1998年)劇中で描かれている主人公の発狂も、たぶん同種の発狂ですよ。
この本は本当に「保守的」か?
「文化系トークラジオ Life」(TBSラジオ、2010年12月26日(日)25:30-28:00)でも、この本が話題に上っていた。
鈴木謙介が語る関西の出版流通事情(首都圏で3万部も売れているこの本が、関西では梅田に出ないと店頭に置いていない)にも驚いたが、巷間、この本が「保守的」と批判されているらしいという話に愕然とした——「革命」の本なのにね。
「読むこと」「書くこと」を中世から長いタイム・スパンで説き起こしているこの本は、高度情報化社会においては、「保守的」なものとみなされるらしい。あるいは、中世の話するとアナクロ? 佐々木は本を情報として処理することがいかに不毛か再三主張しているというのに、思考のタイム・スパンが長いことを以って「保守的」と断ずるなど、それこそ安直な情報処理に他ならないじゃないか。
この本を「保守的」と感じる人は『レバレッジ・リーディング』でも読んでれば丁度いいんじゃない? 読書経験の価値が金融用語で語られる時代。「市場の社会的深化」は、とうとう読書にまで到達してしまったか。読書という実践は、新自由主義的な諸力に対する砦になりうると思っていたのに。
最後に語り下しという文体について
この本は語り下ろしとうスタイル、即ち話し言葉で書かれている。「跋」にあるように「ハードコアなまま間口を広げる」(p.211)実践なのだろう。
読んだ方、どんな印象でした?
話し言葉で書かれているけれど、話し言葉のグルーヴ感とは微妙に調子が違う。私に限っては、スピードに乗って読めるところと、つっかかるところがあった。
書かれていることが、真っ当で、原理的で、シンプルなぶん、もし論文調に書かれていたら、論理構成が図式みたいにパッパッと頭に浮かんで、あっという間に情報として処理できてしまっていたかもしれない。
そういう意味で、読書経験としてもなかなか面白かった。
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