ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル(TBSラジオ、2010年 4月17日(土)21:30-24:30)
○「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2010年 4月17日(土)21:30-24:30)
※ネタバレを含む。
4月17日の「シネマハスラー」のコーナーは、ニール・ブロムカンプ[監督]『第9地区』District 9(2009年)がお題だった。
○TBS RADIO ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル: シネマハスラー
※上記ページ、2010年分の 「4月17日 第9地区」をお聴きください。
『第9地区』の元になった短編 Alive in Joburg (2005)
<あらすじ>
ある日突然ヨハネスブルグ上空に宇宙船が現れ、宇宙人が難民として南アフリカで生活することとなる。28年後、「第9地区」に隔離されて暮らす宇宙人たちはその外見から「エビ」(prawn)と呼ばれ住民による差別の対象となっている。多国籍企業MNUに勤める小市民的な主人公のヴィカスは、新しい居住区へ宇宙人たちを立ち退かせるプロジェクトの責任者に大抜擢されるが……。
われわれにとってのリアリティーはむしろフィクションの中にあるので、CGの宇宙人を特殊メイクっぽくつくることで逆にリアルに見えるという宇多丸の指摘は面白い。
それにもまして、作品評のなかで見事だったのは、ジェイムズ・キャメロン[監督]『アバター』Avatar(2009年)との比較。
ハリウッド映画の多くでは、主人公が最初からすべてをもっていて、その資質を発現させ覚醒するだけの話になっているのに対して、『第9地区』では、主役としての資質をことごとく欠いたごく普通の男であるヴィカスが、差別される視点を身につける過程でだんだん主人公になってゆくと解説する宇多丸。
もうひとつ特に見事だったのは、『アバター』では衛生パンドラの原住民ナヴィが実は「美しい文化をもった素晴らしい人たち」であると判ってゆく展開であるのに対し、『第9地区』は「エビ」を「実はこの人たちは、こんなビューティフル・ピープルなんですよとは描いていない」と対照させていた。そして、「ビューティフルかどうかは本質と関係ネェだろう」「ビューティフルじゃなかったら、やっぱりイヤなわけ?」と、『第9地区』が差別の本質を喝破していると評した。実は、この部分を聴いて、観に行くことを決意した。
「シネマハスラー」の他にはこんな音源が参考になりそう:
○EnterJam 町山智浩のアメリカ映画特電
※上記サイト内、第86回「全米で大ヒットの『ディストリクト9』はSFアパルトヘイト映画」をお聴きください。○第210回 「桜川名画座の八 AB」(桜川マキシム、ネットラジオ)
○南アフリカの現在〜W杯間近(i-morley)
『第9地区』を観てきた。
このあいだの『ハート・ロッカー』に続き、今回も池袋のシネマ・ロサで観てきた。
『ハート・ロッカー』もレイト・ショーでまだやっているので、池袋が行動圏の人は、夕方までに『第9地区』を観て、ちょっと時間をつぶして『ハート・ロッカー』を観たりするのもよいのではないだろうか。
『第9地区』の印象を端的に言えば、「秀逸な設定、単純なストーリー、大味な演出(後半)」。
まずは細かい感想をいくつか。
・ふつうの劇映画であれば、登場人物が設定を説明するような台詞は無粋で、「映画になってないじゃん」と醒めてしまうが、セミ・ドキュメンタリーのスタイルにすることで、登場人物がインタヴューに答えるというかたちで設定をそのまま説明できる。なかなかの技あり。
・国連のような国際機関の現場仕事を武器メーカー由来の多国籍企業が担当しているというのも、いかにも新自由主義の時代という感じ。
・ナイジェリア人ギャングの描写について宇多丸は「ナイジェリアの人は怒ってもいいです」と言っていた。実際に怒ったようで、ナイジェリアでは上映禁止になったらしい。ギャングの頭目オビサンジョー(Obesandjo)は、ナイアジェリアでかつて大統領を務めていたオルシェグン・オバサン ジョー(Oluṣẹgun Ọbasanjọ、任期:1976-79; 1999-2007)を容易に想起させる。
○Govt bans showing of District 9 film in Nigeria(Vanguard News Online, Sep 25, 2009)
・「3年」のくだりには笑って吹いてしまった。あのやりとり、漫才のボケとツッコミっぽかった。
・安易な比較かもしれないけれど、フランツ・カフカ『変身』Die Verwandlung(1915年)を思い出した。たぶん参考にしているのだろうなぁ。単純に主人公が人間以外のものに変身するというところが似ているだけでなく、内面は変っていないにもかかわらず、外見が変ることで自身が拠って立つ基盤が脅かされるという点が似ている。細かい所では、食べる行為に関する描写を通じて変身の進行度を表現しているところなども共通。『変身』では目覚めると巨大な虫になってしまっているが、『第9地区』での変身は漸進的。包帯を取るとヴィカスの左手が「エビ」になっているのはいかにもSFバカ映画的でリアリティーに欠けるが、爪が剥がれたり歯が抜けて恐れおののく様子と組み合わせることで、人間から「エビ」への変化の過程を観客に実感させるようになっている。
・不穏な雰囲気を醸成する際に、コーランの詠唱をモチーフにした思われる音楽を使うやり方はいかがなものか。『ハート・ロッカー』と違って、『第9地区』ではムスリムはテーマと関係がない。
・「エビ」が抽出した燃料と思われる液体を浴びることで、どうしてヴィカスの遺伝子に変化が現れるのか不可解。しかし、宇多丸が言っていたように、結局「エビ」のことは解らないということがこの作品のキモかもしれない。「他者」がこの映画の重要なモチーフでもあるので。
「daikyuchiku、すこし醒めました」
宇多丸が「[差別する側の視点の]ドキュメンタリー・タッチっていうようなところから[差別される側の視点の]ドラマに移行するその手つきが非常にスムースで、観てるあいだはそこがパキっと変ったことには、そこはそんなには気付かない」と言っていたが、実際にその通りだった。
しかし、ドキュメンタリー→「エビ」視点のドラマを経て、ヴィカス視点のドラマに移行した後で、後半から終盤への息継ぎも許さない疾風怒濤の展開に押し流されて、まんまと気持ちよくさせられている自分に気付いて嫌気がさすとともに、「おい、視点変ってるじゃん」と我に返った。
たぶん SF・特撮・ゲームずきな人にはあの終盤の部分がたまらないのかもしれない。しかし、そうでない私はそこで醒めてしまい、「ていうか、もともと君ら白人が移民だろ?」という視点で映画の残りを観るようになってしまった。
また、後半の展開は、「エビ」の坊やがいなければ、「エビ」親子の脱出も、ヴィカスの行動の動機付けも、何ひとつ成立しない。坊やの存在に過剰に依拠した強引な展開を、巧みな演出テクニックとハリウッド的ヒューマニズムで押し切っている印象を受けた。
もちろん終盤前までは、ヴィカスも「エビ」親子もMNUの面々もナイジェリア人ギャングも、すべての登場人物が利己的に行動している点にリアリティーが感じられた。ヴィカスが、MNUの兵士たちに捕われた「エビ」を「好きにしろ」と見捨てるシーンでは「よくやった、ブロムカンプ」と心の中で拍手した。
しかし、「エビ」が殺されかけると一転してヴィカスは心変わりして自己犠牲的行動をとる展開には「やっぱりハリウッドだな」と思わされた。
宇多丸は「本当にどうしようもないヤツが、なけなしの勇気とか倫理をふりしぼって、人生でたった一度だけの大事な利他的な行動をとるみたいなのってねぇ……泣くよね」と、この部分を評価していた。
しかし、疑り深い私は、派手な演出が始まると警戒してしまうのです。ローランド・エメリッヒ[監督]『インディペンデンス・デイ』Independence Day(1996年)やマイケル・ベイ[監督]『アルマゲドン』Armageddon(1998年)みたいなバカ映画ですら、派手な演出で感動的に見せることができるので。
なんだか、私の心根の薄汚さがあぶり出しになってしまった感じ。
でも、ヴィカスの最後の蛮勇をリアルに見せるためには、もうひとエピソードぐらい伏線が必要だと思うけれど。
それでも、設定が秀逸で、テーマ性もあり、エンターテインメント作品としても非常に良く出来た映画。面白かったっス。良い所は宇多丸がすでに褒めているので、辛口評っぽく書いたけれど、実はかなり気に入っている。
「南アの白人の物語だね」
実は、映画を見た後でモーリー・ロバートソン(Morley Robertson)が i-morley の「南アフリカの現在〜W杯間近」(2010年4月6日) で、この映画のプロットと南アフリカの現状との関係に言及しているのを知った。
南アフリカの現在〜W杯間近(i-morley、April 6, 2010)
モーリーは、作品について、「差別する側の視点と、差別されている側・迫害されている側っていうのが、本当に些細なことで逆転することが可能なんだ」と言及しつつ、作品を南アフリカの現状と関連づけて「南アの白人の物語だね」とバッサリ。
『第9地区』関連で聞いた話の中では、この話がいちばん興味深かったし、腑に落ちた。
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