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2007年11月

文化系トークラジオ Life(TBSラジオ、2007年10月28日(日)、11月25日(日)25:30-28:00)

○「文化系トークラジオ Life」(TBSラジオ、2007年10月28日(日)、11月25日(日)25:30-28:00)

何だかんだでまた聴いた。でも、まだ番組本は読んでいない。買うかどうか判らないが、少なくともジュンク堂で中身だけでも確認すると思う。そのときはまた何か書くかもしれない。

さて、まず前回の放送について。

前回も、途中まで荒川土手で「誠のサイキック青年団」(ABCラジオ、日25:00ー26:45)を聴いていたので、番組終了後、帰宅の道すがら「Life」を聴いていた。

「Life」と銘打っておきながら、この番組は生活や人生の熱や匂いをあまり感じさせないところに、「インテリのインテリによるインテリのための番組だなぁ」とこれまで不満だった。しかし、前回は夢がテーマだったと思うが、個人的にはここ最近では一番いい放送だった気がする。政治・経済・社会と私生活の輻輳する急所のような所を「夢」というキー・ワードを端緒に巧く衝いていたと思う。

また、出演者もリスナーも含めて、夢を具体的なものと捉えたり抽象的なものと捉えたりと、夢をどのような位相に定位してアプローチするかが十人十色で面白かった。出演者のひとりが「常にドリーミングな状態でいることが自分の夢」みたいなことを言っていたのには「中学生か?」と思ったり思わなかったり。ともあれ放送全体がややドリーミングなトーンではあった。

今回はWEB2.0がテーマだった。今回も前回と同じく「誠のサイキック青年団」終了から聴きだした。

ゲストの人の、ネットによる悪意の可視化と増幅についての話と、実体ではなく現象としての「学校裏サイト」みたいな話は巧いまとめだと思った。

ただ、ネットの問題は、番組の中でも同趣旨のことを言っていた気がするが、論じ方が難しい。香山リカの書評の話は象徴的だったが、ネットの話を深く論じれば論じるほど、このテの話に疎い人にとっては「関係ない話」になってしまう。「生活や人生の熱や匂い」を感じさせない話といっても良い。正直言って、心のどこかで私自身も「関係ない」陣営に重心が寄っている気がする。

そこで、ネットを政治・経済・社会と私生活の連関の増幅変調装置と考えて、政治・経済・社会と私生活の連関を論じる(たとえば、「「学校裏サイト」問題は学校そのものの問題だ」と論じる)必要が出て来るが、そうすると、増幅変調装置としてのネットの個別具体性が後景に退いてしまうし、ネットの話題そのものに興味がある人にとってはフックがないかも知れない。私は「関係ない」陣営寄りにいるものの、こういう社会科学的なアプローチなら大好き。

蛇足
「ブログ炎上」という言葉、方ぼうでよく見聞きするようになった。さすがに新聞では見ないが、タブロイド紙や雑誌ではそれほど珍しくないし、テレビでも、NEWS23などの夜のニュースでは聞いたことはないが、朝のニュース・ワイド番組では使っていたような気がする。

「ブログ炎上」と聞くと、火事場に集まった野次馬が、せっせとバケツ・リレーで火に次つぎとガソリンを注ぎ込んでいるような情景が思い浮かび、薄ら寒い。死んだ祖母が「火遊びすっと、寝ションベンしかぶるばい」とよく言っていた。寝ションベンするなよ。

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伊集院光 日曜日の秘密基地(TBSラジオ、2007年11月25日(日)13:00-17:00)

○「伊集院光 日曜日の秘密基地」(TBSラジオ、2007年11月25日(日)13:00-17:00)

端的に言って、私は勝谷誠彦はあまり好きではない。

理由は明示できるものもぼんやりしたものも含めていくつかあるが、ひとつだけ言うと、私はアウト・ローぶる秀才を信用していないのだ。アウト・ローになることはおろか、アウト・ローぶる勇気すらない自分の臆病さからくる単なる妬みだと思う。

ただ、今週の「秘密基地VIPルーム」での勝谷の発言のいくつかには共感できるところがあった。

まず、ラジオ聴きとして、次の言葉には恥ずかしながら正直言って胸が少し熱くなった:

例えば今日もね、小林信彦先生、コレ聴いてらっしゃるんじゃないかと思うけどね、作家の方とか、それからコメンテーターの方とか、いわゆる、その、自分で教養や知識をもっていて世の中に発信する人たちは意外とラジオを聴いてる。それから、働いてる人が聴いてる。これは大きい。あの、ネットはなかなか「ながら」じゃ見れないですよ。けど、ラジオは——「ながら」って言ったら失礼だけども——何か労働をしながらずっと聴いてて下さっている方がたがいて、その人たちっていうのが本当に今の日本を、ていうか我われを支えてくれている——僕は「良民」「常民」っていってんだけど——額に汗をして税金を払ってる人たちが聴いてるんですよ。それが、ラジオってのはね素晴らしい。今この瞬間にも、運転をしながらとか、あるいは工場の中でいろんな労働、物を作りながら聴いて下さってる方がいるってのはね、だから僕はもう、これは数字じゃない人たちが支えてくれてると思ってるんです、ラジオは。

おそらく勝谷とは思想的に相容れないであろう斎藤貴男が喜びそうな言葉だ(とでも言って照れ隠ししておくか)。

次に、コーナー終盤で勝谷が語った言葉は、私が普段から夢想していた世の中のかたちを巧く表現していて、嬉しいやら悲しいやらである:

性善説じゃないとこういう仕事っていうか、やっぱ人生いきていけないわけで、先ほど言った大阪の「ムーブ」っていう番組でそういう[親会社の新聞社から来た役員による制作サイドへの]圧力あった時に、コメンテーター22人が、芸能レポーターまで含めて22人がみんな連判状出したみたいに、この世界捨てもんじゃないぞ、と。もうそれで、僕は長期的には人類全体が、やっぱり歴史の上ではそういう方向に、正しいと思う方向に、それから、良民・常民、額に汗をして真っ当に考えて——多少はちょっとズルもするけれども——そういう人たちが幸せに暮らす方向に僕たちは向かってるんだと思わないと生きていけないじゃないですか。

「絶望から出発しよう」などと、大した絶望も知らない秀才から言われるよりは、ずっと腑に落ちる思想だ。サンボマスターの山口隆は、ある対談でこう言った:

それは90年代は絶望とか言っても大丈夫だったと思うけど、玄関の前にそれが来ちゃった時にそういうわけじゃいかねえだろって思うわけです。平野さん[平野 悠:LOFT席亭]は丘の向こうに絶望があったわけ。俺等は玄関に来ちゃってるんだもん。デリヘルみたく。チェンジとも言えないよね(笑)。

| ROOF TOP 2006 APRIL | サンボマスターと平野悠対談の全てをロックンロールと呼べ!|

また、山口の「後ろ向きに生きたら死んじゃうんだもん」という言葉からは、絶望から間合いを詰められてしまっているリアルな感覚が伝わってくる。絶望を梃子にして「絶望から出発する」どころか、絶望を語った途端その絶望が自分の足元を掘り崩し、絶望してただ果てるだけかもしれないというリアリティーが感じられる。

確かに下手な希望をもつことは、有機溶剤に首まで浸かって生きるようなものかもしれない——「希望」の臭気でトリップしながら骨まで溶けて、気づかぬうちに死んでしまうかもしれない。このことにも気づいてしまっているのだ。

だから一応私は、「希望なんかあるものか」とスかした顔を取り繕って生きることにしている。

ともあれ、勝谷は私を夢見心地にさせておいて、以下のように続けた:

だからどこの国でも兵士たちは戦場に行くんです。そういうことの、自分たちの国や人類がそっちの方向に向かってると思うから弾の前に立てるわけで、自分の家族や子供たちや自分の国民を守ろうと思って弾の下をくぐれるし、戦場に体をさらせるわけです。

「地獄への道は善意の敷石で鋪装されている」というが、性善説と戦争が斯くもた易く短絡すると、やはり私は醒めてしまう。「国や人類」と「自分の家族や子供たち」「自分の国民」を断裂なくツルリとつなげる論法にも違和感を感じる(勝谷がさんざんコケにしていた『美しい国へ』とまるで同じじゃないか?)。

違和感を感じつつ、世の中捨てたもんじゃないと私も思いたい。

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週刊タケダ記者(仮)vol.3

○週刊タケダ記者(仮)vol.3(2007年11月18日(日)-11月25日(土)分)

「週刊タケダ記者(仮)」バックナンバー:

週刊タケダ記者(仮)vol.1

週刊タケダ記者(仮)増刊号

週刊タケダ記者(仮)vol.2

国会担当、中国通として活躍する「タケダ記者」ことTBSラジオの武田一顕記者は、いまや同局の名物と言っても過言でない存在。国会で動きがあると颯爽と登場し、独特のアイロニーで辛口に調味された情報提供・分析で番組を盛り上げている。(武田記者の近影

小林信彦の『週刊文春』連載コラム「本音を申せば」でも好評価を受けている武田記者の、「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、月〜金22:00-23:40)における発言のなかで「これは!」と思ったものをご紹介。分析の内容よりも表現の面白さを重視した「タケダ節」収集といった趣を目指す予定。

「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、2007年11月22日(木)22:00-23:45)

「今になって「時間がない、時間がない」という言い方はおかしい」

福田首相の野党党首との個別会談について:

小沢さんが言ったのは、えぇ、だったら、まぁ有り体に言っちゃえば「もっと早く法案出せ」と。7月の29日に参議院選挙があって、それが終わった後ですねぇ、安倍さんの居座り、それから突然の辞任、福田[康夫]総裁・総理選出という、2ヶ月間の時間を空費したのは、ひとえに自民党側の事情だ、と。それなのにここへ来て時間がないからというのは、しかもなおかつ、9月から国会始まってたわけですから、そこで時間を空費したのは自民党の責任であるから、今になって「時間がない、時間がない」という言い方はおかしいだろうという、普通に考えれば正論。


「解散するしかないのに解散を引き延ばすから、そこから全てはおかしくなる。」

テロ新法とねじれ国会について:

もう一ぺん根本に立ち返りましょう、結論は簡単、解決するのは簡単で、参議院、二院制というのは衆議院と参議院はほぼ同等の権力を握ってるわけですから、その参議院で野党が優位を握ってるんだったら、衆議院でもう一回民意を問えばいいわけですよ。解散するしかないのに解散を引き延ばすから、そこから全てはおかしくなる。

「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2007年11月10日(土)、17日(土)20:30-23:30)

「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2007年11月10日(土)、17日20:30-23:30)の武田記者のインタヴューのポッドキャスティングは相変わらずダウンロードしにくいようだ。17日放送分の内容についてはすでに紹介したが(週刊タケダ記者(仮)vol.2 )、10日分の放送は私はまだ聴けていない。ともあれ、以下からどうぞ:

『土曜日の実験室』をポッドキャストで聞く! (2007年11月10日(土))

「土曜日の実験室」をポッドキャストで聞く!(2007年11月17日(土))

● △ ■ ×

私は「アクセス」ぐらいしかチェックできないので、武田記者が登場していると思われるTBSラジオの他のワイド番組(「森本毅郎・スタンバイ!」「荒川強啓 デイ・キャッチ!」など)で「これは!」と思われる発言を聴いた方は、お手すきの際にでもこのエントリーのコメント欄で情報提供して下されば嬉しいです。例えば、「「デイ・キャッチ!」で○×について△□と言っていた」程度で構いません。

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小林信彦「本音を申せば」第483回、『週刊文春』2007年11月29日号

○小林信彦「本音を申せば」第483回、『週刊文春』2007年11月29日号

友人がこのブログの存在に気づいたらしい。

私は、直接の知り合いにはこのブログのことを教えていない。知り合いのアクセス無しでどのくらいの人に読んで頂けるか試したかったからだ。当然、その友人にも教えていなかったのだが、ハンドル・ネームと、「誠のサイキック青年団」の「しても友達」論についての件と、私独特の漢字の選び方(「解る/判る」の使い分けや、「該る」など)と、何かの機会に一度か二度ラジオが好きだと軽く話したこととが災いしたようだ。「誰にも教えないように。知り合いのアクセス無しで……」と一応は釘を刺しておいたが、どうなることやら。

「あんなにラジオばっかり聴いて、ヒマなんだね」と冷やかされたが、とんでもない。ヒマではない。むしろ忙しい。ラジオへの愛情、というよりはむしろ執着に囚われて、忙しい時間の合間をぬって必死で聴いているのである。そして、書けども書けども一銭にもならないこのブログを書くために、貴重な時間を甘美にも空費し続けている。

ところで、今週の『週刊文春』の小林信彦「本音を申せば」は、久しぶりにラジオが話題に上った。おそらく一ヶ月ぶりぐらい、あるいはそれ以上ではないだろうか。「伊集院光 日曜日の秘密基地」の「秘密基地VIPルーム」に徳光一夫がゲスト出演した回で伊集院と徳光が交わした「40歳」についての話だ。

とはいえ、ラジオの話はほんの枕で、それに続けて、喜劇人にとっての転機としての「40歳」という切り口で森繁久彌、渥美清、伊東史朗についての話題が展開され、昭和喜劇人小列伝という趣だった。

それはそれで非常に面白かったが、一番印象に残ったのはむしろ「枕」のほうの一節:

仕方がないので、花梨酒を少し飲み、ベッドで伊集院光のTBSの番組をきいていたら、四十になった、と言っていた。

ラジオ馬鹿の私にとっては夢のような状況である。読んだ途端、口の中に甘酸っぱい味が広がった。

日曜日の番組だから、私にだってベッドで花梨酒を飲みつつラジオを聴取くことは可能だ。しかし私の場合、たとえ日曜日であっても昼に酒をのむというモードにスイッチが切り替わらない。普段、「花梨酒なんて酒のうちに入るかい!」と不当に過小評価している花梨酒も、日曜日の昼にはやっぱり酒、むしろ酒なのだ。

にもかかわらず、日曜昼のラジオと花梨酒の圧倒的な魅力には抗いがたい。日本酒やビールではなく花梨酒というのが絶妙である。私の罪悪感の砦は陥落寸前である。

まぁ、何にもまして、ラジオについて書くことで収入が得られるという状況に対する憧憬で、忙しいなか必死でラジオを聴いて一銭にもならないブログを書いている私の頭は、くらくらである——作家さんは作家さんで色いろ大変なのだろうと重じゅう解った上で。

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「VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ01 初音ミク」および「ALESIS USB-Mic Podcasting Kit」

「VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ01 初音ミク」および「ALESIS USB-Mic Podcasting Kit」

Sofmapで面白そうな製品を見かけたので、紹介してみる。以前「キミラジオ」(調布FM、2007年7月23日(月)22:00-23:00)に言及したとき、「私は「バックネット裏」から「ダグアウト」に移動する予定は今のところない」などと、あくまでもリスナーとしてラジオに接していこうという気構えを表明したが、こういう製品を見ると、少し心が揺らぐ:

「VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ01 初音ミク」

YAMAHA が開発した音声合成システムVOCALOIDを用いた製品で、女子の声優の生の歌声のデータをフィーチャーしているそうだ。ソフトウェアー音源みたいなものだろうか? 文字通りの「データベース的消費」だ。猥歌を歌わせたり、○×や△◇など、ムフフな使い方を夢想しつつ動物化している不逞の輩もきっといることだろう。

店頭では猥歌ではなく宇多田ヒカルの"Moving On Without You"がデモ演奏されていたが、際立った不自然さは感じなかった(低音がチョッとキツい感じはした)。曲調によって異同はあると思うが、かなりツカえる製品かもしれない。

「ラジオ批評ブログ」と銘打った当ブログがこの製品に言及する理由は、以下の通り:

私はラジオのアイドル番組が嫌いで、その理由というのは、原稿丸読みだったり、本音トークとかいいながら大して本音でもなく、タレントとしてのイメージの範囲内から一歩も出なかったりと、内容的にお寒いものが多く、ファン以外は愉しめないからだ。

そんな状況に業を煮やした高校生(当時)の私は、「オレでも愉しめるアイドル番組はいかにして可能か?」というテーマで、既成のアイドル番組のパロディーを企画した。通常のアイドル番組風にスタートしつつも、次第に本音(というか地)が出て、過激な時事ネタや著名人の人格攻撃などへと展開し、番組終盤になると放送の8割がた——有体に言えば「てにをは」以外の部分がほぼ「ピー」音で埋め尽くされるという企画だった。親しい友人たち(もちろん男子)には概ね好評。

アイドル番組なのでアイドルの歌も必要だということで、曲まで作った。イメージとしては、もはやアイドルのパロディーとしてしか成立し得ない90年代のアイドルではなく、80年代アイドルをプロトタイプにして——具体的には飯島真理の「1グラムの幸福」あたりを念頭に置きつつ——作詞・作曲(曲の途中でテンポや曲調が変化するれば、機材の貧弱さが少しはごまかせるかも、ということも期待していた)。当時仲の良かった軽音楽部の友達に頼んで部室のドラムを借りてラジカセで録音。学校のパソコンを使ってベースとギターとキーボードっぽい音を作成。鍵盤ハーモニカでオブリとソロを録って、ひとりで八面六臂のスティーヴィー・ワンダー状態。トラックは完成。

音楽の知識が全くないワリには、そこそこ以上の出来で(素人ならごまかせる出来で)、後はヴォーカル録り……というところで挫折した。「数少ない女子の友達は、概ね引っ込み思案でこんな話に乗ってくれないだろうし」とか「あいつはノリはいいが、歌がヘタだし」とか、「あいつは歌がウマイらしいがヤンキーだし」とか、「そもそもこんな企画を持ちかけたら、オタクだと思われて残りの高校生活は闇だし」と、心理学的詰め将棋状態で挫折スパイラルへ突入。あのとき、「初音ミク」があればなぁ、とSofmapの店頭で想い沈んだのであった。

一応、ヴォーカルを念頭につくられている製品だと思うので巧くいくか判らないが、最初に自分でトークを録音しそれを譜割りして「初音ミク」の声をかぶせたりすれば会話も再現できるのだろうか? もしできれば、番組本編もつくれるのだが……。買った人、試してみて。

後続の製品も既に発売が決まっているようだが、個人的には演歌に耐える声の製品をつくって欲しい。そうすれば、美空ひばりの「車屋さん」へのオマージュで高尾登山鉄道を歌った自作演歌「お〜い、高尾山」や、これまた自作ご当地演歌「何もないけど、西調布」のレコーディングに取り掛かれるのだが。

「ALESIS USB-Mic Podcasting Kit」

Alesis :: USB-Mic Podcasting Kit
日本語サイト

これは、USBマイク、マイクスタンド、ヘッドフォン、録音編集ソフトがひとつにパッケージされたもので、これさえ買えばポッドキャスト番組がすぐつくれる、というシロモノ。USBマイクは一見コンデンサー・マイクに見えるが、値段を考えるとたぶんダイナミック・マイクだと思われる(買った人、教えてください)。小ぶりだったが、それほどショボくない。一応ALESIS製なので、安普請なヘッド・セット・マイクと比べればいい音に違いない。skypeユーザーにとっても買いかもしれない。私も、コッチは買うかも。でも本当はマイクだけでいいのに。

楽天で一通り見てみると\11,800で売っているところが多いが、秋葉原のSofmapのMacCollectionのCREATORS LANDでは\6,980ぐらいで売っていた。Sofmapのサイトでは販売されていなかったので、安く買いたい人は秋葉原へ急いだほうがいいだろう。

こちらのブログの方が購入された模様:

○織ブロ: Alesis USB-MIC PODCASTING KIT

追記
Sofmapのサイト(http://www.sofmap.com)ではこの製品は見つからなかったが、Sofmapが楽天に出しているサイトでは税込み\7,980で販売している模様

【楽天市場】超お買い得セット!【送料無料!★台数限定特価!】Alesis USB-MIC PODCASTING KIT:クリエイターズランド楽天市場店

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週刊タケダ記者(仮)vol.2

○週刊タケダ記者(仮)vol.2(2007年11月11日(日)-11月17日(土)分)

国会担当、中国通として活躍する「タケダ記者」ことTBSラジオの武田一顕記者は、いまや同局の名物と言っても過言でない存在。国会で動きがあると颯爽と登場し、独特のアイロニーで辛口に調味された情報提供・分析で番組を盛り上げている。(武田記者の近影

小林信彦の『週刊文春』連載コラム「本音を申せば」でも好評価を受けている武田記者の、「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、月〜金22:00-23:40)における発言のなかで「これは!」と思ったものをご紹介。分析の内容よりも表現の面白さを重視した「タケダ節」収集といった趣を目指す予定。

「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、2007年11月15日(木)22:00-23:40)

「少なくとも私が会ったことのある高級官僚といいますか、キャリア官僚というのは抜群の記憶力をもっている人ばかりです

武田記者 久間[章生(元防衛大臣)]さんにしろ額賀[福志郎(財務大臣)]さんにしろ、宮崎[元伸(山田洋行元専務)]さんのことは記憶がないと、今日もまだそういうことを言っているんですね。
渡辺真理 全く記憶にないと否定していますよね。
武田 全く記憶にないと否定していますから。ところが、守屋[武昌(前防衛事務次官)]さん、事務次官だった人は会っていると言っている訳で、まぁ普通は、事務次官だった人がそういうあんまり根拠のないことは言わないでしょうし、少なくとも私が会ったことのある高級官僚といいますか、キャリア官僚というのは抜群の記憶力をもっている人ばかりです——守屋さんのことは僕知りませんけどね——ですからこういうことを忘れることはない[……]。


「地検の特捜部ってのは実は、田中角栄逮捕以降はですねぇ、ホントの権力者をやったことは一度もない」

武田 [……]守屋さんの逮捕ですね、守屋立件というのは、まぁ近くある——年内、まぁもしかしたら来週かもしれませんけど——あるかもしれませんけども、その後、じゃぁ、これ、もう名前が出ちゃいましたから、そこまで地検特捜部はやるのかやらないのか。
井上トシユキ バッジ取るまでね、
井上・武田 やるかやらないか。
武田 ところが地検の特捜部ってのは実は、田中角栄逮捕以降はですねぇ、ホントの権力者をやったことは一度もない訳ですよね。みんな、こう、なんか三下の議員とかですね、金丸信みたいに、そのもう、権力から墜ちた人をやっつけるということばかりを続けてきた訳ですから、そこまで本気でやる気なのかなぁ、ということなんですよね。


「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2007年11月17日20:30-23:30)

この番組の「土曜日の実験室」というコーナーで先週、武田記者のインタヴューが放送されたが、この番組は完全にノー・マークだったため聴き逃がしてしまった。「一度、聴いてみるか」と思い聴いてみたら、今週も先週に続き2週にわたって武田記者が登場していた。

「選挙を報道してて選挙に行かないっていうのは、これは絶対悪ですから」

丸川珠代の参議院議員当選に対して武田記者が「入れる人の気が知れない」と発言したことに関連して、記者として発言する際のスタンスについて:

武田 [……]価値観が違う人を批判することは私はしません——もちろん、政策を批判すればいいわけで、個人的にはそれは、投票のどうのということは言いませんんけれども、彼女の場合は——丸川さんの場合は、投票に行ってないんですよ。選挙を報道してて選挙に行かないっていうのは、これは絶対悪ですから。こういう人は、もう、つまり論評するに値しないということですよね。
しまおまほ ためらいはないんですか、その、発言、自分の発言に。
武田 それは考えます。それは個人批判になってはいけないし、価値観の違いを批判してはいけないし、一応公正中立なんでね。「公正中立」って、公正中立だから、その、つまんない話ばっかりしててもしょうがないんで。ただ、丸川さんの場合は、私はあの、その、選挙に行かないっていうのが判った時点でね、もうこれはどう考えてもおかしい、ということですから、考えて言ってることですんでね、言ってもそれは問題はないと判断してますんでね。


「それから私、ず〜っと好き、岩下志麻」

好きな女性のタイプについて:

ホントはね、昔から好きなのはね、岩下志麻、さん。岩下志麻ってのはねぇ、私が小学校の時にねぇ、あのぅ、大河ドラマで『北条政子』をやってたんだ。で、キレイだなぁと思ってね、それから私、ず〜っと好き、岩下志麻。


「床屋に行くのもあまり好きじゃないのでねぇ、そしたら段だんこういう髪型になってます」

髪型(オールバック)についての話から……:

武田 別にこだわりがあるわけじゃなくてねぇ、僕はねぇ、髪をこう下ろすと、何て言うの、分れる? 昔で言うとサーファー・カットみたいになっちゃうわけ。そうするとね、髪の毛が邪魔なんですよ。邪魔なのが、目に髪の毛が入るのが、視界に入るのがイヤでねぇ。短くしてもいいんだけど、あんまり、あのぅ、坊主頭もねぇ、背広が似合わない、あと僕、頭の形があんまりよくないんでねぇ、それで短くしたこともあったんだけど良くないんでねぇ、それだったらいっそのこと上げてればねぇ、邪魔になりませんから、多少伸びてもね。床屋に行くのもあまり好きじゃないのでねぇ、そしたら段だんこういう髪型になってます。
しまお あれ、山崎拓さんの生え際が凄いギザギザですけど、
武田 へっへっへ。
しまお あれは生で見たら相当、さらにギザギザなんじゃないかなぁって。
武田 テカテカだしね、顔ね。
しまお どうでした、あのギザギザは?
武田 え〜……。
しまお すいません、変なこと言っちゃって。
武田 ギザギザでテカテカでねぇ。でも、あの人はなかなか、話すと人をそらさない、非常に話の上手い人。苦労人だしねぇ。意外な部分がある。表面的にはねぇ、どうも色いろ、えぇ、週刊誌にも書かれましたからイメージは良くないけども、政治家ってのは実際に会ってみると違う。すごく人をそらさないし、面白い人が多い。そうじゃなかったら10万人からの選挙民に名前を書いてもらうことはできませんからねぇ。会うと、それは——それはねぇ、私は尊敬してるんです、政治家ってのは。議員には尊敬しながら会わないといけないと思います。

ポッドキャストでも聴けることになっているが、いつになっても混み合っていて「時間をおいてアクセスして」もまったく聴けず、運よくダウンロードが始まっても、出だしの30秒分ぐらいのところで回線が強制的に切れる始末。何とかしてほしい、TBSラジオの人。

● △ ■ ×

私は「アクセス」ぐらいしかチェックできないので、武田記者が登場していると思われるTBSラジオの他のワイド番組(「森本毅郎・スタンバイ!」「荒川強啓 デイ・キャッチ!」など)で「これは!」と思われる発言を聴いた方は、お手すきの際にでもこのエントリーのコメント欄で情報提供して下されば嬉しいです。例えば、「「デイ・キャッチ!」で○×について△□と言っていた」程度で構いません。

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Chris Vallance, "Podcasts send mixed signals to radio", BBC NEWS (13 November 2005, 01:51 GMT)

○Chris Vallance, "Podcasts send mixed signals to radio", BBC NEWS (13 November 2005, 01:51 GMT)

本の整理中に、『Quick Japan』vol.63 <特集 ラジオ>(太田出版、2005年)が出てきたので、しばらく読み直してしまった。モーリー・ロバートソンのインタヴューの中で、あるBBCのウェブページが紹介されていた。

モーリー・ロバートソンのウェブサイト:
81.3 FM J-WAVE : EARLY MORLEY BIRD
i-morley
tibetronica.com

ポッドキャスティングと従来型のラジオとの相克についての記事ということで関心を持ち、さっそくBBCのサイトにアクセスして読んでみた。

自分だけ読むのもナンなので、訳してみた。ITがらみの2年前の記事など今更めいているかもしれないが、記事に登場する「ポッドセーフ・ミュージック」(Podsafe music)などという用語は恥ずかしながら初めて聞いたし、必ずしも日本では人口に膾炙した用語ではないと思われる。従って、読んでみても良いのでは?——と我田引水してみる。

ラジオと混信するポッドキャスト

元記事:Chris Vallance, "Podcasts send mixed signals to radio", BBC NEWS (13 November 2005, 01:51 GMT)

クリス・ヴァランス(Chris Vallance)
BBCニュース、カリフォルニア州オンタリオ

22ヵ国から多数のポッドキャスターが最近、アメリカで開催されたポッドキャスティング界で最初の大コンヴェンション、The Portable Media Expo and Podcasting Conference(カリフォルニア州オンタリオ)に集結した。

イギリスからの会議参加者であるイワン・スペンス(Ewan Spence)が、エディンバラ・フェスティヴァルから行った一連のポッドキャスト配信で、スコットランド英国アカデミー賞にノミネートされたことは、ポッドキャスティングが世界中で主流になりつつあることのひとつの表れだ。

しかし、ポッドキャスティングはラジオにとって死の呪文となるのだろうか?

それは問題となるラジオの種類による、というのがこの会議で見えてきつつある答だ。

定義
ポッドキャスト(PODCAST) :インターネットからダウンロードしてMP3プレイヤーに転送できるラジオ番組形式のショー。

ポッドキャスティングの発展において果たした役割によって「ポッドファーザー」として知られるアダム・カリー(Adam Curry)は、彼のポッドショー(PodShow)および ポッドセーフ・ミュージック・ネットワーク(PodSafe Music Network)の事業にヴェンチャー・キャピタルから数百万ドルもの出資金を集めた。

しかし彼は、伝統的なラジオにも、とりわけニュースの領域において、生き残りの余地があると確信している。

「もしオサマ・ビン・ラーディンが見つかったら、iPod の前に走ってはいけない。ひどくガッカリさせられることになるだろうから」とカリー氏はBBCに語った。

ニュース・ラジオは、主要ニュースを生で報道するというニーズによって、幾分かポッドキャスティングの影響から遮断されている。しかし、ポッドキャスティングは、質の低下と聴取者の減少を放置しているお山の大将状態のブロードキャスターたちに挑戦していると多くの人びとは感じている。

ロサンジェルスのトーク・ラジオ司会者で、ポッドキャスト番組 This Week in Tech の制作者、レオ・ラポルテ(Leo Laporte)は、ポッドキャスターたちはラジオを良い方向に変えつつあると考えている。

「ラジオは数十年のあいだ瀕死の状態が続いてきたが、ポッドキャスティングがこのラジオという技術を復活させつつある——それは完全なるルネッサンスだ」

このルネッサンスのひとつの側面に「ナロウキャスティング」(narrowcasting)あるいは「マイクロキャスティング」(microcasting)がある。ニッチな聴取者にターゲットを絞った放送のことである。

ある特定の関心をもったグループに焦点をあてているのは、他でもないラジオである。例えば、「すべてのお母さんのためのポッドキャスト、マミーキャスト」("The MommyCast: a podcast for mommies everywhere")や、 インディアナ州の酒場から零細醸造所のビール評を放送する "The Good Beer Show" などがこれに該る。

「私たちは、数多くの様ざまなニッチについて語っているのです」と、市民制作メディアの分野の先駆けである、JDラシーカ(JD Lasica)は語る。

ポッドセーフ・ミュージック(Podsafe music)

会議参加者の多くが、ポッドキャスティングによる伝統的なラジオへの最大の影響は、音楽配信の分野に現れるだろうと予言した。

著作権上の制限があるため、ポッドキャストの音楽番組は、いわゆる「ポッドセーフ・ミュージック」(Podsafe music)しか使えない。「ポッドセーフ・ミュージック」の名で、ミュージシャンたちは、インターネット配信を許可するライセンス付きの音楽を公表している。

「ポッドセーフ・ミュージック」を制作するバンドのほとんどは、メジャー・レコード・レーベルから独立した、契約関係のないバンドだ。

メジャー・レコード・レーベルにとってこれは悪い知らせだと、元MTV司会者のカリー氏はと信じている。

「結局、ポッドキャスト・ミュージックは、[音楽]産業をそっくり迂回することになるのがオチだろう」とカリー氏は言う。

「どのミュージシャンにも、消費者に直接音楽を売ることのできるツールが全て手に入るので、音楽業界は臨界点に向かいつつある」

しかし、伝統的な放送業界もポッドセーフ・ミュージックに目覚めつつあるという兆しはある。

ロンドンで開催された Pod Con UK の会議で、ヴァージン・ラジオ(Virgin Radio)は、自局のポッドキャスト番組でポッドセーフ・ミュージックを放送することになるだろうと発表した。

「巨大市場」
ポッドキャスティングがラジオの中身を変化させるにつれ、ラジオの聴き方も変わりつつある。

技術者肌の人間は、ブロードバンドとワイヤレス技術の流行が広まるにつれて、「コンヴァージェンス」(convergence)、すなわち、様ざまなラジオ聴取法の融合について語りたがるものだ。

既にポッドキャスト番組をダウンロードできる携帯電話もあり——それはまさに、携帯電話をラジオ・チューナーに変えることだけれども——そういう携帯電話は投資家の関心を引いている。

「私たちは、巨大なマーケットが存在していると考えています。これは今日、ポッドキャスティングを世界中の2億台の携帯電話に広めることになるでしょう」と、ヴェンチャー・キャピタル会社イグニッション・パートナーズエイドリアン・スミス(Adrian Smith)は語った。

「極めて短い年数で、着メロは数億ドル市場になりました。そしてそのことは、ポッドキャスティングも実際に非常に巨大な市場になりうることを示唆しています。」

数かずの新技術とポッドキャスティングを金に変える方法が強調されているにも関わらず、ポッドキャスティングと伝統的なラジオにおける成功の鍵は同じであると、広く合意されている。

カリー氏が言うように、テクノロジーがどれだけ有能になっても、「真ん中には例のすばらしいものが必要だ。それは自分がハマっているものについて話をする男だよ」。

※原文に登場する一部の固有名詞の綴りの間違いを修正(訳者)。


 
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誠のサイキック青年団(ABCラジオ、2007年11月11日(日)25:00-26:45)

○「誠のサイキック青年団」(ABCラジオ、2007年11月11日(日)25:00-26:45)

夜は雨が降っていた。したがって、荒川土手での聴取はいよいよ危ぶまれた。そこで23:00ごろABCラジオ(1008kHz)にチューニングしたラジオをもってベランダに出て、イチかバチかラジオの方向——つまり内蔵バー・アンテナの方向——をイロイロ変えてみた。結局、雑音混じりの文化放送(1134kHz)ばかりが聴こえる。

ABCらしき放送もかすかに受信できたが、番組を愉しめる音質・音量ではない。そこで急遽、ループアンテナの作成にとりかかる。とりあえず1008kHzだけ増幅できればいいので調整は後回しにすると決めて、100円ラジオからポリバリコンを抜き、リード線を準備し、各ウェブサイトを参考に巻数の大まかな当たりを付けて……と忙しく準備したが効果なく、諦めかけていたら雨がやんでいた。結局土手へ。でも寒い、さすがに寒い。それこそナチュラムでアルミホイルみたいな防寒ブランケットとか、買ったほうがよさそう。

この日はなぜか、TalkmasterではABCラジオが全く受信できず(他の局はちゃんと聴こえる)、かたやELPA ER-21Tでは驚くほどクリアーで安定した受信ができた:

Talkmaster(内蔵レコーダーで録音)

・ABCラジオ(ダウンロード 200711112511.mp3 (20.5K)
・某局(ダウンロード 200711112513.mp3 (20.5K)

ELPA ER-21T(スピーカーの音をTalkmasterで生録)

ダウンロード 200711112512.mp3 (22.0K)

放送内容の概要はこちらのブログにお任せします:

Psychic Brotherhood - サイキック青年団フォローアップ

「しても友達」論の終了によせて
竹内義和の「しても友達」論は今週で最後だと言っていたが、確かに私も「この不毛な話、いつまで引っ張るんだ。もう充分だろ」と思っていた。もちろん、mixiの論調とは違う意味で。ただ、このように半ば打ち切り状態ではなく、それなりのケリを付けて終わってほしかった。

先週の放送を聴いた感じでは、アニキの主張は、「しても友達」論は、むしろ女性のためのもので、男はセックスを軽く考え過ぎ、女は重く考え過ぎている現状が問題だ、という感じだったと思う。「セックスの構造改革」という言葉も使っていた。真面目に論ずるのも詮無きことだが、アニキの主張は論理上、男女の性意識のギャップの調整に過ぎず構造改革にはなっていない。ジェンダー・ポリティクスの既存構造が維持されたままで「女はセックスをもう少し軽く考えてもいい」と言われれば、「普通の」女にとっては、それは自分のセックスの価値の「値下げ」を持ちかけられていることに他ならない。反発は当然だ。

ただ、アニキへの援護射撃めいたことを言えば、「愛のあるセックスのみが正当だ」といった観念(いわば「セックスの愛本位制」)は、性の自己決定の観点から見れば、むしろ家父長制と親和的だ。「愛している人以外とはセックスすべきでない」と女が思い込むことは、他の男とのセックスを自ら倫理的に禁ずる——あるいは、ある男がある女のセックスを排他的に支配する——ことに他ならず、性の領域において女が自由な主体となることを自主規制する結果につながっている。

今やラディカルなフェミニストであればあるほど、性と愛を別物と考えている。「セックスは気持ちいい。愛があればもっと気持ちいい」という上野千鶴子の名言(出典不明、あるいは何かの機会に直接聞いたのかもしれない)は——上野がフェミニストとしてラディカルかどうかはさて置き——愛はセックスの快楽を増幅しうるが、愛とセックスには本質的なつながりがないことを端的に表現している。

性と愛の腑分けを突き詰めると「肉体的な快楽が得られるのであれば、親だろうと友達だろうと、誰とでもセックスできる」という立場に行き着く。そうなれば、いよいよアニキのユートピアの到来だ。まぁ、無理だろうけど。

岡田斗司夫登場
岡田斗司夫がゲスト出演したゾーンで、伊集院光がラジオでダイエット成功後の岡田のことを30分費して批判したと岡田が言っていたが、これは月曜JUNK「伊集院光 深夜の馬鹿力」(TBSラジオ、2007年10月30日(月)25:00-27:00)でのこと。関西在住のサイキッカーには馴染みがないと思うが、JUNKはTBSラジオ深夜帯の人気番組群(オールナイト、最近パッとしないなぁ)。

ここはひと肌脱いで関西リスナーのために書き起こしを……と思ったが、録音データを消去してしまっていた。とほほ。フォローしている人がいるかもしれないので、詳細はネットで検索してもらうとして、記憶に基づいて骨子を説明すると、伊集院は岡田のこれまでの仕事に対しては敬意を払っていると前置きした上で次のように批判した:

1 岡田は痩せる前は店で奥の席に案内されオープン・カフェに案内されることはなかったと言うが、伊集院はそんな目にあったことはなく、あり得ない話だ。
2 伊集院は、自分が禁煙に成功したからといって喫煙者に物言いをつけるのは筋違いだと心得ており、同様に、痩せたからといってデブに対して上から物を言う岡田は筋違いだ。
3 岡田は痩せてから娘が一緒に外出してるれるようになったと言うが、それは岡田の育て方の問題だ。
4 岡田は痩せてモテるようになったと言うが、そんなハズがない。
5 岡田がデブであることをそれほどまでに嫌がっているとは知らなかった。だったらもっと早くダイエットすればよかったはずだ。

1に対して「それは、あのね、伊集院さんがタレントやからですよ。そらぁ、あんたが有名人だからですよ」という岡田の反批判はそれなりにうなずける(でも、痩せの私には実感として解らない)。5についても、岡田はコレまでダイエットに失敗してきたことを語っていたので、やせたいとは思っていたことが判る。ただ、、私が受けた印象としては、伊集院の批判の重点はむしろ2と3にあったと思われる。特に3について私は伊集院に一理ありと感じていたので、この点に関する岡田の反論も聞きたかった。

伊集院と岡田——ともに小理屈派のデブタレで顔も似てる訳だし仲良くしろよ。

とはいえ、小食を自認するデブは無意識の間食が常態化しているという話、青木雄二は自分は絵が上手いと思っていた話、コンビニ弁当の増粘多糖類とタレの話、森永卓郎の都合のいいモテ願望の話などは面白かった。

ちなみに、デブ話の最中、オリオン座を流れ星が横切った。オタキングよ、流れ星ひとつ返してくれ。

最後に、やっぱりあの件についてひとこと
円山野外音楽堂(京都市)のサイキック・ミーティングにおける問題について、11月4日(日)の放送でイヴェント主催者はあくまでも松竹芸能だという点が強調され、イヴェントにまつわる法務上の問題に誠さんやアニキや番組は介入しないことが示唆された。今回までに限ってはとりわけ悪質な件を除いては恩情ある沙汰を祈念している。

特に酔いどれ会社員さんは、反省もしておられる様子で、サイキッカーにとっての貴重な公共財の提供者でもあるので、何ごともなく終わると良いと思う。

ともあれ、小心者の私には、禁止されている録音や撮影の誘惑までは理解できるが、実際に暴挙に出るなど信じられないなぁ。

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週刊タケダ記者(仮)増刊号

○週刊タケダ記者(仮)増刊号

TBSラジオの国会担当および中国通の名物記者、武田一顕記者の発言をチェックする本企画にとって画期的な出来事が起きていた模様。

「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ、2007年11月10日(土)21:30-23:30)の「土曜日の実験室」のコーナーで武田記者のインタヴューがオン・エアされたとのこと。完全にノー・マークだった。

実は私もまだ聴いていないが、サイトには「タマフルが勝手に選んだ「TBSラジオ好きな男ランキング」でも上位にランクインする名物記者を、ラジオ警察が徹底的に(非・政治ネタ中心に)取り調べます」とのことなので、ひょっとしたら武田記者のプライヴェートにも踏み込んだりするのだろうか? 

ともあれ、武田記者のインタヴューの内容をポッドキャストで聴くことが出来るようなので、とりあえずこちらから聴くべし:

ラジオ警察しまおまほが、憧れのTBSラジオ国会担当“武田記者”へインタビュー!

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週刊タケダ記者(仮)vol.1

週刊タケダ記者(仮)vol.1

国会担当、中国通として活躍する「タケダ記者」ことTBSラジオの武田一顕記者は、いまや同局の名物と言っても過言でない存在。国会で動きがあると颯爽と登場し、独特のアイロニーで辛口に調味された情報提供・分析で番組を盛り上げている。(武田記者の近影

小林信彦の『週刊文春』連載コラム「本音を申せば」でも好評価を受けている武田記者の、「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、月〜金22:00-23:40)における発言のなかで「これは!」と思ったものをご紹介。分析の内容よりも表現の面白さを重視した「タケダ節」収集といった趣を目指す予定。

「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、2007年11月7日(火)22:00-23:40)

「波が立っているというよりはですね、まぁ、「アホちゃうか」ということで」

小沢一郎民主党代表の辞意撤回を受けて:

小沢さんが、今回、辞意を撤回したということになりましたので、これで代表を続投するということになりましたんで、そのことで、まぁあの、何て言うんですか、[小沢代表周辺は]波が立っているというよりはですね、まぁ、「アホちゃうか」ということで。


「天照大神ほど偉くないんだから」

私は、これ、日本の神話を思い出しましたけどね、天照大神が天の岩戸に隠れてね、隠れちゃったら太陽がなくなって真っ暗になったから、みんなで「出てきて下さい、出てきて下さい」とお願いして、で最後はアレ、扉を開けて、戸を開けて出て来るって神話がありますけども、[小沢代表は]もともと隠れたんだから、天照大神ほど偉くないんだから、そういう人はもう普通は「辞めたい」って言うんだから辞めさせてあげればいいのに。


「「じゃぁ、恥をかくのは覚悟でもう一回戻って来ましょう」って、「ホントに恥さらしだなぁ」というのが普通の人たちの印象」

[民主党は]当選回数別に、えぇ、議員の懇談会を開いて、みんなで「なんとか戻ってきて下さい」と、その後、鳩山幹事長が小沢さんの個人事務所——赤坂にある個人事務所——に行って「なんとか戻ってきて下さい」と言って、「じゃぁ、恥をかくのは覚悟でもう一回戻って来ましょう」って、「ホントに恥さらしだなぁ」というのが普通の人たちの印象ではないか。


「BATTLE TALK RADIO アクセス」(TBSラジオ、2007年11月8日(水)22:00-23:40)

「そもそも野党ですから、もうちょっとしたら忘れてもいいのかな」

小沢一郎民主党代表の代表続投の正式表明を受けて:

いろいろ批判もあるみたいですけど、だいたいまぁ安倍さんの辞任劇ももっとヒドかったけども、なんか今になるとみんな忘れてますから、小沢さんのこの辞任のドタバタっていうのも、結局元の鞘に収まったわけですし、そもそも野党ですから、もうちょっとしたら忘れてもいいのかなと、おそらく忘れちゃうんじゃないかな、という感じはしますね。

○ × △

「週刊タケダ記者」と銘打ちましたが、意外と手がかかったり聴き逃したりもするので(現に今週の金曜日、聴き逃しました)、隔週になったり不意に終わったりする可能性もあります。武田記者ファンのご期待に添えるかどうかは判りません。

私は「アクセス」ぐらいしかチェックできないので、武田記者が登場していると思われるTBSラジオの他のワイド番組(「森本毅郎・スタンバイ!」「荒川強啓 デイ・キャッチ!」など)で「これは!」と思われる発言を聴いた方は、お手すきの際にでもこのエントリーのコメント欄で情報提供して下されば嬉しいです。例えば、「「デイ・キャッチ!」で○×について△□と言っていた」程度で構いません。

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月曜JUNK「伊集院光 深夜の馬鹿力」(TBSラジオ、2007年11月5日(月)25:00-27:00)

○月曜JUNK「伊集院光 深夜の馬鹿力」(TBSラジオ、2007年11月5日(月)25:00-27:00)

月曜JUNK「伊集院光 深夜の馬鹿力」(TBSラジオ、2007年11月5日(月)25:00-27:00)で、やなせたかし[原作]/波多正美[監督]『チリンの鈴』(サンリオ・フィルム、1978年)が話題に上った。

子供向けアニメには不似合いな「ダークダックスみたいな」「大人の音楽」(正確には、ブラザーズ・フォーの歌)によって醸成される伊集院少年の許容範囲を超えた『チリンの鈴』の作品世界、そして今それを見直した時の「しばらく開けてない箱を開けた」ような「ゾゾっとくる感じ」について伊集院は語り始めた。伊集院の語りに基づいて『チリンの鈴』のあらすじを要約すると次の通り:

首に鈴をぶら下げた小羊のチリンは、牧場で平和に暮らしていた。ある日、冊を破って狼が牧場を襲い、チリンを守るために母羊は、チリンの目の前で狼に殺されてしまう。「羊は羊だというだけで、牧場にうまれてのほほんとし、たまに狼が来て食われる。それを受け入れるだけなんておかしい。だから狼になりたい」と、母親を殺した狼ウォーに弟子入りする。狼と修行するにつれてチリンは羊でもな区狼でもない異形の化け物に変貌していく。

ある日、彼らはチリンの生まれた牧場を襲うことになる。身を呈して小羊を守ろうとする母羊の姿を見て、チリンはその姿と自分の過去をオーヴァラプさせる、師匠であり親の仇である狼のウォーを倒す。ウォーもいずれそのようなかたちで訪れる最期を覚悟していたことをほのめかして死ぬ。チリンは「僕は羊だ!」と叫ぶが、牧場に受け入れられることはなく牧場を去り、風の強い日に鈴の音だけが聞こえるが、チリンの姿を見たことはない。

結局、伊集院は「のほほんと殺されるのを待て」という以上の教訓は得られないのかと一旦疑問視し、作品世界をやなせの「心の闇/病み」と結び付けつつも、「高みに上ることによる孤独に対する覚悟」、「母と子の愛」といったテーマを作品から読み取ったようだ。

サンリオのウェブサイト「goo映画」などのあらすじ紹介・解説はいずれも、いわゆる「普遍的なテーマ」を作品から抽出する語り口になっており、また、「オオカミに負けない強いひつじになるため」「復讐の念に燃えた」など、個人(個羊)の内面から作品を読解するモダニストな立場に専心している。

伊集院の要約は、このような道徳的・教育的な立場に囚われていないため、これらの要約に比べると、作品そのものを型にはめない素直な要約になっていたということが後に判った。伊集院は、作品と彼自身の感受性の相克から語りを紡ぎ出し、また、作品を伊集院の個人史(とりわけ家族関係)のインデックスとして使いながらフリー・トークを組み立てていた。

しかし、伊集院が『小さなジャンボ』の中で起きる戦争について図らずも説明するのを聞いてふと感じたのは、実は『チリンの鈴』のほうも、やなせの戦争体験と密接に結びついているのではないかということだった。

『チリンの鈴』ストーリーを戦争という時代背景との対位法で読み解いてみると、次のような見取り図が浮かび上がってくるかもしれない:

やなせ自身が戦争で母親を失ったかどうかは定かではないが、狼に母羊が食べられるという話は、少なくとも戦争による損失一般のメタファーとして捉えることはできるだろう。

まず、1919年生まれのやなせは、1941年に日中戦争に徴用される。従って、この時やなせは22歳で、じゅうぶん大人であるため、チリンとやなせがどれだけ重なるかは判らないが、狼と共に行動し姿かたちを変貌させていくチリンは、戦争の体験を通じて自我を形成(あるいは再形成)していく戦時下の青少年のメタファーと言えるだろう。

次に、牧場を襲う狼ウォーとチリンが行動を共にするというストーリーを考慮すると、「狼」は、アメリカをはじめとする連合国といった具体的な敵というよりは、戦争そのものを戯画化したものだろう。初めは、自分たちの平和な生活に脅威をもたらすものとして目の前に立ち現れた戦争に、「自発性の発揚」の場を見出していく戦争当事者の自我の在り様が見て取れる。

そして、チリンの後の人生(もとい羊生)を決定付ける存在である狼の名前の「ウォー」が、おそらく狼の鳴き声の擬声語であると同時に、 "war" と同音であることは偶然ではないと思われる。

さて今度は、自分の戦争経験を1987年に描くやなせたかしに着目し、彼がそのような立場から何を描こうとしているのか(エドワード W. サイードの言うところの「姿勢と言及の構造」)を読み解くと、このようになるかもしれない:

チリンが狼ウォーを倒すという行為は、戦争や軍国主義といった戦時の価値観との決別・清算を示唆しているだろう。とはいえ、狼を倒すチリン自身が異形の化け物であるという事実は、決別・清算がする主体が、戦争について決して無謬でないことを物語っている。そして、戦争が終わっても(狼が死んでも)牧場に受け入れられることはないチリンの姿は、戦争を否定しつつも、かつて戦争の一翼を担った者としての悔悟の念というスティグマを背負おうとする、やなせの同時代的な覚悟の表れかもしれない。

また、悪を純然たる悪として描かない筆致は、抽象的な悪を客観的に描くのではなく、自分が具体的に経験した悪を自らの視点で描くための必然的なアプローチと言えるだろう。

(ちなみに言えば、今やタイムレスな作品として親しまれている「アンパンマン」シリーズにおいて、餓えを満たすことがストーリーの基軸となっているのもおそらく、やなせの戦争体験と根底では無縁でないだろう。)

もちろん、伊集院の語りの姿勢は若者向け深夜放送においては100点満点だった。しかし、『チリンの鈴』には、伊集院が受け取って発信した以上のものが深淵に眠っているように思える。

[附記]
『チリンの鈴』を実際に見てみて、作品とやなせの戦争体験を直接結び付ける見立ては、やや読み込み過ぎかもしれないと思われた。しかし、作者の意図だけが作品の真実だとは思わないので、影響を完全に否定するのはもったいない。したがって、撤回せずにおくことにする。

ところで、『時代の証言者8 「漫画」水木しげる/やなせたかし』<読売ぶっくれっと48>(読売新聞社、2005年)で、やなせは、「僕はもともと大人向けの漫画を描いていたので、クマちゃんが出てきて、滑って転んでみたいなものは書けない」と語っている。『チリンの鈴』にもそうした意図がはたらいているのかもしれない。

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田代32単独ライブ「一人ぼっち vol.9」(東京都新宿区:劇場バイタス、2007年11月1日(木)19:30-21:15)

○田代32単独ライブ「一人ぼっち vol.9」(東京都新宿区:劇場バイタス、2007年11月1日(木)19:30-21:15)

プライムOFFCIAL SITE/田代32 プロフィール
田代32の歩き旅の続き(田代32のブログ)

たった今、田代32単独ライブ「一人ぼっち vol.9」(東京都新宿区:劇場バイタス、2007年11月1日(木)19:30-21:15)から帰ってきた。まず、一言で感想を言うと、とても面白かった。

「ラジオ批評ブログ」と銘打っておきながら、ラジオ以外の話題で恐縮だが、田代32といえば、伊集院光のラジオで(のみ?)おなじみのお笑い芸人で、「伊集院光 日曜日の秘密基地」(TBSラジオ、日13:00-17:00)「負けたらお蔵 インタビュー天国と地獄」で現在連勝中、ということで、少々お付き合いください。

先日、たまたま田代32についてこのブログで言及する際にリンクを貼るために田代32のブログを検索して見てみたところ、単独ライヴがあると告知していた。前売り\1,000という安さも行く気になった理由かもしれない。結局、ローソンのLoppiで前売り券を検索したが販売期間が終了していた。従って当日、帰宅時に新宿で途中下車して会場に直接乗り込んだ。当日券は\1,200。

会場の劇場バイタスは、ちょっと怪しげな外観(つげ義春の漫画に出てくるヌードスタジオみたいなイメージ)ではあったが、中は全50席ぐらいの小ぢんまりとした、やや窮屈だが居心地は悪くない劇場。ライヴ開始のころには結局6-7割がた席は埋まっていたように思う。3割ぐらいが女性客だったのは意外。お笑いをやっていた後輩のライヴ以来、お笑いライヴは数年ぶり。その後輩、後にアミューズの預かりまでいったようだが、今もお笑いを続けているだろうか?

ちなみに、「日曜日の秘密基地」の「打った、勝った!草野球で大売出し!」に出ていた龍勝が音響担当とのことだった。

ライヴの構成は大まかに言うとこんな感じ:

1 フリップネタ
2 負けたらお蔵 インタビュー天国と地獄の苦悩
3 一人コント(おバカ高校バレー部の監督ネタ)
4 映像企画(観客参加のクイズ)

オープニングでは緊張しているのか表情が硬く、「がんばれ! リラックス!」という感じで、しばらくは見ているこちらも緊張した。ライヴで使われていた曲の中の Frankie Goes to Hollywood の "Relax"("Relax, don't do it when you want to go to it." というアノ曲)、そういう意味なのかな? しかし、ライヴが進むにつれて調子が上がり、会場も上り調子で笑いに包まれていった。

1 フリップネタ
これが田代32が本来やっているネタなのだとか。変な本の記述を拡大したフリップを見せながら突っ込むというネタ。2007年のプロ野球選手名鑑グラセスキー投手のガンたれ写真はおかしかった。

2 負けたらお蔵 インタビュー天国と地獄の苦悩
今週の放送で対決して田代32に敗れたナナイロの斉藤徹哉がゲスト出演し、インタヴューの裏話の後、TBSラジオの池田卓生プロデューサーから借りたインタヴューのダイジェスト音源を流して、もう一度勝負。ラジオでは敗れた斉藤が今回は勝利し、放送されなかった、ガソリンスタンドに現れたアラブ系の男性8人が乗ったワゴンの話を生で披露。すごく得した気分になった。

3 一人コント(おバカ高校バレー部の監督ネタ)
文字通りのネタだった。このネタはまぁまぁという感じだった。ジャージに着替えるとか、バレーボールを小脇に抱えるとかしたほうがよかったかもしれない。

4 映像企画(観客参加のクイズ)
田代32が万引きGメンのアルバイトでゲットした捕捉率NO.1の金一封で購入した東京ディズニーランドのペア・チケットを商品に、田代32が色いろなことにチャレンジした映像を見て観客がクイズに答える企画。

浜ロン(元・サードメン浜口亮)と、「日曜日の秘密基地基地」の「草野球で大売出し!」でおなじみだった関口大輔(元・クロスパンチ)がゲスト。

Q.1 ゲーム・センターのUFOキャッチャー的なゲームで何回目でクリリン人形がとれるか?

これはワリと普通だった。

Q.2 新宿コマ劇場前で30分以内にナンパに成功できるか?

「ナンパの神様」こと浜ロンがアドヴァイザーとして待機していたが、観客の多くの予想を裏切り、ひとり目に声をかけた娘をものの数分で田代32ゲットし、ナンパに成功。正直言って、マジでビビった。このときの拍手がいちばん大きかったように思う。しかも、ナンパされた娘が結構かわいかった。

Q.3 渋谷の信号待ちの人たちの前で突然ネタをやって、その中のある女性を笑わせることができるか?

歩行者信号が赤に変わったところでイーゼルにセットしたフリップを持った田代32が走って出て来る様子自体が、結構面白かった。ターゲットの女性を見事に笑わせることに成功。関口によると、現場でも結構ウケているのだとか。続編の予定もあるようだ。非常に面白い良い企画だと思った。

伊集院のラジオでは「オーラがない」「売れない」「押しが弱い」「もはや「若ハゲ」ではなく「順当なハゲ」」などと評されているが、2時間弱があっという間の面白さだった。劇場を出て新宿駅まで向かう数分間が、非常に幸福に感じられた。頭の中で "Mood Indigo" が心地よく流れる感じの夜の新宿。

次回は記念すべき第10回目となる。たぶん次回も見に行くだろう。そして、このブログをごらんの皆さんで東京近郊在住の方も、ぜひ見に行って下さい。劇場バイタスをいっぱいにして恵比寿のエコー劇場へ進出するのが目標だとか。ぜひ実現させて欲しいし、夢ではないと思う。

当ブログ「ラジオ批評ブログ——僕のラジオに手を出すな!」は田代32を応援します。

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